お話歳時記

二十四節気・雑節・五節供。

夏至から大暑まで。

夏至(げし) 六月二十一日頃。

  旧暦五月、午の月の中気で、夏至は「日長きこと至(きわま)る」という意味で、一年で一番昼が長い日。古くは「げじ」とも言ったそうです。  夏季の真ん中にあたり、梅雨の真っ盛りで、しとしとと長雨が続きしようぶが咲き始めます。農家は田植えに繁忙を極める季節です。

半夏生(はんげしょう) 雑節。 七月二日頃。

  夏至から十一日目。サトイモ科の「はんげ=カラスビシャク」という薬草が生える時期です。 田植えの終わった農家では、この日の天候で稲作の豊凶を占い、田の神を奉り、物忌みをします。  半夏生は梅雨の終期にあたり、農家の人たちは、この日までには田植えを済ませ、どんな気候不順な年でも、このあとは田植えをしないという習慣がありました。
  半夏生の頃には、天から毒気が降るとか、地が陰毒を含んで毒草を生じるなどという言い伝えがあり、竹の子・わらび・野菜を食べること、竹林に入ること、種をまくことを忌む風習があったそうです。

七夕(しちせき)七月七日。 五節供の一つ。

  七夕とは、旧暦七月七日の夜のことである。七夕祭、星祭ともいう。 天の川を隔ててある牽牛星と織女星が年に1度だけ会えるという中国の古い伝説と、日本古来の「棚機女(たなばたつめ)」伝説、女子が手芸や裁縫、書道等の上達を願う行事(乞巧奠:きこうでん)、そして七月の盆の先祖祭につながるもので、お盆の前に稼れを祓い清める水の行事などが結びついて年中行事となったものです。

小暑(しょうしょ) 七月七日頃。

  旧暦六月、巳の月の正節で、暑さがだんだん増していく時期。小暑の前後に梅雨が明け、梅雨が明け、蝉が鳴き始めます。 この時節、蓮の花が咲き始め、鷹の子が巣立ちの準備を始めるそうです。

中元(ちゅうげん)七月十五日。 雑節。

  古代中国では、正月十五日の「上元」、七月十五日の「中元」、十月十五日の「下元」を合わせて三元と言い、それぞれ、天官、地官、水官の3人の神を祭る日でした。 地官は裁きの神で、この日に地官にもてなしをすると罪を許してもらえるとされていました。
  現代の「お中元」は、祖先の霊に備えたものを、お下がりとして分け合った習慣が、道教の考えが結びついて、中元の日に贈答品を送り合う習慣に変化したものです。 しかしそれもごく最近、明治時代以降のことだそうです。

土用(どよう)七月二十日頃。 雑節。

「土用」の起源は古代中国で、宇宙は木、火、土、金、水の五元素からなり、春は木、夏は火、秋は金、冬は水としたが、土に割り振る季節がありませんでした。 そこで四季の終わり各十八日間を土のための期間、土用として割り当てました。
  従って「土用」は年四回ありますが、現在の「土用」は夏の土用を指し、立秋の前十八日間を言います。  この期間は、土の気が旺(さかん)な時期のため、土を動かしたり、穴を掘ることを忌むとされました。
  夏の土用の時期は酷暑のため体調を崩しやすく、食養生の習慣があり、「土用の丑の日の鰻」が有名になったのは、鰻屋に宣伝を依頼された平賀源内が看板に書いたことがきっかけと言われています。

大暑(たいしょ) 七月二十三日頃。

  旧暦六月、未の月の中気で、夏至から約一か月後で、「だいしょ」とも言います。 梅雨明けのこの頃はますます暑くなり、一年中で最も気温の高い、酷暑の季節で、桐につぽみがつき始め、アブラゼミが鳴き、大地が潤って蒸し暑くなり、ときどき大雨が降ります。
  暑さが最も厳しくなる時期で、夏の土用はこの季節に入ります。


二十四節気。