厳島神社祭事。

厳島御衣献上式(いつくしまぎょいけんじょうしき)。元旦。

厳島神社の年越祭(神前相場)。一月六日。

厳島の御弓始め。 一月七日。

厳島島廻祭(いつくしましまめぐりまつり)。三月一日◯十一月三十日。

厳島管絃祭(いつくしまかんげんまつり)。旧暦六月十七日。

厳島玉取祭(いつくしまたまとりまつり)。八月二十日(もと旧暦七月十八日)。

厳島鎮火祭(いつくしまちんかさい)。十二月三十一日。

廃止された祭事

厳島延年頭。 廃止。

神仏混淆時代、厳島神社の拝殿で、供僧、一山客人などによって、七月十四日に行われた行事で、玉取祭の前身をなしています。

当日は五尺四方の地盤の上に「梅・桜・松」を作って飾り、御幣をかけ、中に美しい人形を置き、灯火で照らします。

夕刻、合図とともに、西方は筋違橋観音堂に、東方は坂本山王の拝殿に勢ぞろいした裸体の氏子の群れが、時の声を三声あげると拝殿に乱入します。

この時、地扇と言って、長さ七尺の角材を骨に地紙をはって扇の形にしたものを先駆けの者によって突き破られます。

供僧は開口を謡い、次に延年坊主と呼ばれる行者の祈祷があります。

一人の僧に半衣を着せ、背に御幣を地盤の下に伏せさせ、その左右から行者が一人ずつ出て祈り、魂を地盤の上の人形に乗り移らせる行法を行います。

それが終わると、六人の僧が折烏帽子・玉襷(たまたすき)・太刀をはいて舞い、稚児の舞いも行われます。

東西の氏子は、この間、吊ってある地盤の下で、盤がおろされるのをうかがっており、降ろされると人形の奪い合いをし、首を得た者が勝ちとなります。

これはすさまじい乱闘が演じられたそうで、人形の首は廻廊・舞台から海中まで転々とし、明け方に首を得たものが大声で名乗りをする時には、耳も鼻も無い玉のようなものとなっています。

さらに延年舞があり、また延年のうつり舞といって供僧が素絹で、太刀をもって舞ったそうです。

晦日山伏(みそかやまぶし)。廃止。

阿芸宮島で十二月晦日に行われていた供僧の行事で、現在厳島神社の鎮火祭として行われているものの前身です。

大晦日に大勢の社僧が座主大聖院に集まって、饗応の事があった後、山伏の装で、松明を掲げて拝殿に駆けつけ、承仕が幣を取って先導し、法螺貝を吹き、読経・敬礼をして、行事を終えました。

読経の間、従者に松明を持たせ、終わるとこの松明を掲げて座主に帰りました。

その間の道には柿葺(こけらぶき)の民家が建ち並んでいましたが、松明の火の粉は寒風にあおられて盛んに飛びましたが、けして火災とならなかったので、その余燼をいただいて火難除の護符とする信仰がありました。

案内

厳島神社。

http://www.miyajima-wch.jp/jp/itsukushima/index.html

宮島観光協会。

http://www.miyajima.or.jp/

 
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