会陽・玉せせり・玉取神事。

ご神木・ご神体・宝珠などを、大勢のものが奪い合う神事で、玉取祭とも称しています。

岡山県西大寺の会陽(えよう)、

福岡県福岡市筥崎(はこざき)神社正月三日の玉競祭(たませせりまつり)、

厳島玉取祭(いつくしまたまとりまつり)等があり、各地でいろいろな形で行われています。

岡山県和気郡備前町長浜の恵美須宮の会陽は、二月七日消燈して、お福窓から投げられる二本の神木を、数千の裸体の男が奪い合うものです。

岡山県岡山市、金山寺では旧正月七日。

岡山県真庭郡落合町、木山神社では旧正月二十日。

都窪(つくぼ)郡茶屋町藤戸・都窪郡吉備町撫川の観音院では正月十三日。

備前市西片上の恵比寿宮では二月九日に地押し、十日夜に会陽。

岡山県玉野市日比町観音院では、三月二日に夜会陽があります。

広島県双三郡三良坂町忠魂寺の会陽は三月三日で、福木祭ともいい明治になってはじまりました。

また山口県萩市の最明寺では三月十五日に護摩供と会陽が行われます。

香川県善通寺市真言宗総本山善通寺では旧暦一月二十・二十一日、五重塔から餅投げを行い、夜は大師堂で読経の後、宝木を投げ裸男が争奪を行います。

香川県大川郡長尾町の長尾寺の会陽は、西大寺につぐ大会陽と言われ、二月十六・十七日(もと旧正月六・七日)に行われます。

各地から集まった力持ちが四十八貫の大鏡餅を担ぐ力比べ行事と、大福棒の争奪が行われ、大稲棒・小稲棒にはそれぞれ賞がつきます。

また各種の余興・売出しがあってにぎわいます。

玉せせりは、筥崎宮の他にも、福岡県下では、粕谷郡新宮町の磯崎神社の玉取祭(正月三日)玉競祭ともいい、実際に玉を取り合う行事で、周囲一尺五寸の丸石を砂に埋めて、二組の氏子の若者がとり合います。

この丸石は改定から恵比須石の出現する様をかたどったものとされています。

福岡市宮内町の玉競(旧正月三日)も、海中から網にかかって得られた雌雄の木玉を競り合います。始めに大浜の海岸で洗った後、裸に向鉢巻の子供が町々をせり歩き、町屋の主人は玉を受け取ると荒神様に供えて、神酒を注ぎかけて返します。

また福岡市沖浜町にあった夷堂でも玉せせりが行われました。

対岸志賀島の玉やれ(一月十日の夷祭)という行事にも玉の取り合いは無く、夷にあげてある木玉を僧から受けた裸の子供たちが、一軒毎に「玉やれ玉やれ」と唱えつつ祝儀をもらって歩きます。

福岡市伊崎浦の恵比須神社の玉せせり(正月十日、子供たちが海中に入り玉を清める行事)、宗像郡津屋崎町の宮地嶽神社の春祭(四月八日)にも玉替神事があります。

岡山県英田(あいだ)郡美作町安養寺で正月十三日夜行われる玉取祭は、住職が元旦の夜から観音堂において、二個の福(木製長さ五?六寸の棒状)に白布を巻き始め、毎年牛玉串をあて白布を巻いて祈念を続けます。

そして当日は参詣者一同裸体で、投げられた福を取り合い、これを得た者を福男、その家の主を福主と言います。

広島県の厳島神社の玉取祭も海中の玉取神事で、玉せせりは瀬戸内海に多い会陽の神事と同巧異曲と言ってよく、会陽では神木、玉せせりは玉という相違や、一方は海中、一方は堂内で、行われるという差もありますが、どちらも裸祭です。

 
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