国民の祝日。

元日。一月一日。

昭和二十三年に制定された「年のはじめを祝う」のを法定の趣旨とした祝日です。

元日は一月一日のことで、古くは、「がんにち」と読みました。

正月三が日を元三日(がんさんにち)と呼びますが、元日はその初日をさしました。

また、この日の朝を、特に元旦(がんたん)・歳朝(さいちょう)・歳旦(さいたん)などと呼び、一年の始まりを寿(ことほ)ぎます。

元日は宮中の年中行事であった元日節会に由来しています。

元正天皇の霊亀二年(七百二十八)以来、宮中において文武百官を招いて年始を祝ったとされ、これを元日節会といったが、しかしその起源はよくわかっていません。

奈良時代初期より連綿と続けられてきた皇室祭祀でしたが(一時期中断したことはあった)、明治五年より晴御膳(はれごぜん)の儀だけを元日に残し、招待宴を「新年宴会」として一月五日に移し、明治六年に新たに祝祭日の一つとして加えられました。

成人の日。一月十五日。

昭和二十三年に制定された「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」のを法定の趣旨とした祝日です。

満二十歳になった人は、選挙権を持つことになります。

そのため、各地でこの日、満二十歳に達した人を招待して成人式を催されます。

地方によっては、お盆で帰郷する青年男女も多いことから、八月中旬のある一日を仮の成人式にあて、簡素な普段着で出席してもらうところもあります。

成人を祝うしきたりは、古くからあり、社会の構成員になったことを認知する通過儀礼です。

男子は元服・褌祝い・女子は裳着・結髪などの祝いでした。

現在は選挙権を持つ権利と義務をもって成人とします。

建国記念の日。二月十一日。

昭和四十一年に制定された「国をしのぴ、国を愛する心を養う」事を法定の趣旨とした祝日です。

かつて、この日は「紀元節」といわれ、神武天皇即位の第一日、つまり皇紀元年(西暦前六百六十年)正月一日が太陽暦の二月十一日にあたるとして、明治五年に制定されたもので、戦後この祝日はなくなりました。

しかし昭和二十六年頃から復活の動きがみられ、政府、野党間のいくどかの曲折の審議を経て、日取り未定のまま、昭和四十一年に敬老の日・体育の日とともに国民の祝日に追加されました。

何月何日を「建国記念の日」にするかについて、内閣の審議会で議論がかわされ、結局十人の委員のうち七人の賛成で二月十一日にするとの答申が四十一年十二月八日に出され、翌九日、政令公布されました。

昭和四十二年二月十一日、国民の祝日として「建国記念の日」の儀式が執り行われ、文部省は各都道府県教育委員会、各国立学校長に次官通達を出しました。

文部省は、「二月十一日は建国の日ではなく、建国を記念する日」であるとの考えに立っているそうです。

春分の日。三月二十一日頃。

昭和二十三年に制定された「自然をたたえ、生物をいつくしむ」のを法定の趣旨とする祝日です。

春分の日は春の彼岸の中日にあたり、戦前においては「春季皇霊祭」といいました。

みどりの日。四月二十九日

自然に親しむとともにその恩恵に感謝し豊かな心をはぐくむ」のを法定の趣旨とした平成元年に制定された新しい祝日です。

もとは昭和天皇の誕生日(天皇誕生日)でした。

憲法記念日。五月三日。

昭和二十三年に制定された「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」のを法定の趣旨とする祝日です。

新憲法は昭和二十一年十一月三日(かつての明治節)に公布され、半年の準備期間をおいて、翌年の五月三日から施行されました。

四段からなる前文と、十一章百三か条の本文で構成され、その骨子は、主権在民・戦争放棄・基本的人権などで、他に顆を見ない平和憲法となっています。

こどもの日。五月五日。

昭和二十三年に制定された「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」のを法定の趣旨とする祝日です。

児童福祉法は昭和二十二年に制定され、二十五年五月五日に児童憲章が定められました。

なお「世界のこどもの日(Universal Children's Day)」は1954(昭和二十九)年の国連総会で制定された国際デーの一つで、各政府が適当と考える日を「世界こどもの日」に選んで記念するよう提案されており、日本では、1959年に「児童権利宣言」が、1989年に「児童権利条約」が採択された十一月二十日としています。

敬老の日。九月十五日。

多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」のを法定の趣旨とした祝日で、昭和四十一年から「敬老の日」と改められ、建国記念の日・体育の日とともに国民の祝日に追加されました。

敬老の日は、聖徳太子が四天王寺(大阪市)に悲田院を設立したと伝えられる日に、ちなむものです。

「悲田」とは、慈悲の心をもって、哀れむべき貧苦病苦の人を救えば福を生み出す田となるという意味で、悲田院は身寄りのない病人や独人きりの老人を収容する救護施設でした。

またこの日から二十一日までは「老人福祉週間」となっています。

秋分の日。九月二十三日頃。

昭和二十三年に制定「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」のを法定の趣旨とした祝日です。

秋分の日は秋の彼岸の中日にあたり、戦前においては「秋季皇霊祭」でした。

体育の日。十月の第二月曜日。

昭和四十一年に制定された「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」のを法定の趣旨とする祝日です。

オリンピック東京大会の開会式が昭和三十九年十月十日だったのを記念して定められました。

昭和四十一年、建国記念の日・敬老の日とともに国民の祝日として追加制定されたものです。

平成十二年(二千年)からは「ハッピーマンデー制度」の適用により、十月の第二月曜日となっています。

文化の日。十一月三日。

昭和二十三年に制定された「自由と平和を愛し、文化をすすめる」事を法定の趣旨とする休日です。

昭和二十一年のこの日、戦争放棄・主権在民を宣言し、平和と文化を強調した新憲法が公布されたので、これを記念して「文化の日」としました。

この日皇居では、文化勲章の授与式が行われ、また文化庁主催による芸術祭がこの日を中心に開催されます。

戦前は「明治節」といい、明治時代の天長節(明治天皇の誕生日)で、旧祝祭日でした。

勤労感謝の日。十一月二十三日。

昭和二十三年に制定された「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」のを法定の趣旨とする祝日です。

この祝日は、戦前は「新嘗祭」で天皇が新穀を天神地砥に勧め、自らも新穀を食するという皇室の祭祀であったことにより、この日は現在でも農業関係者による祭典という色彩が強く、この日を中心にして一週間「農業祭」が行われています。

昭和三十七年から、農林水産物展示会・資材展・技術研究発表会などが催され、優秀参加出品には天皇杯や農林大臣寛が授与されています。

天皇誕生日。十二月二十三日。

日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である「天皇の誕生日を祝う」のを法定の趣旨とした祝日です。

この日、皇居では各省大臣を招いての宴会や各国大公使を招いての茶会が開かれます。

また、皇居の二重橋の門が開放されて国民の一般参賀が行われ、天皇とご一家は参賀者に答礼されるなど、いろいろな祝賀行事が行われています。

現在の日付の天皇誕生日は、平成元年に制定されました。

 
 
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