厳島鎮火祭(いつくしまちんかさい)。十二月三十一日。

厳島神社で大晦日に行われるお祭りです。

仏教分離以前は、晦日山伏(みそかやまぶし)と呼ばれる供僧たちの祭事でした。

座主大聖院に三集した山伏姿の供僧たちは、手に手に松明をかざし本社拝殿に駆け入って火除けの祈祷をし、また大聖院に戻ります。

沿道の民家はすべて柿葺(こけらふき)で燃えやすい屋根でしたが、風にあおられた火の粉が盛んに飛んでも、火災を起こす事が無かったため、火除けの護符として松明の余燼をいただいたそうです。

この松明の火は、拝殿の灯と、棚森屋敷(宮司邸)の囲炉裏の火を移したもので、古来絶える事なく燃やし続けてきた清い火であるとされてきました。

仏教分離後は、神社だけの行事となり、鎮火祭の名で行われています。

大晦日の夜、祓殿にもうけたぼんぼりに、火打ち鉄できった斎火を点じ、神社前での祭典ののち、「ヒダコ」と称する松明に移し、三笠浜の斎場に松割木の山に点火して篝火をたき、待ちかまえていた多くの若者たちがそれぞれ持参した各自の大松明・小松明にその神火を争い点じて、三笠浜の参道入り口の大鳥居を目指して走って行きます。

真っ先に鳥居に到着した者はその年の福運を得る事が出来ると言われています。

三笠浜では火難除の祈念を行い、松明の火は家に持ち帰り、若潮迎え(海水を汲む。若水の他に行います)の燈火や、御神燈・雑煮を煮る火種に使います。

篝火の燃え残りは火除松明として、年中社頭で授与します。

また現在も松明の燃え残りを持ち帰ると火災除けのまじないになるとされています。

なお、十二月晦日に鎮火際を行う例は数多くあり、古くは宮中においても六月と十二月の晦日の夜、道饗祭(みちあえのまつり)の後の行事として行われました。

→晦日山伏(みそかやまぶし)。

 
 
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