西大寺会陽(えよう)。旧正月十四日。

岡山県岡山市東区にある西大寺(真言宗)で、行われる修正会結願の行事で、参詣者が裸体で神木を取りあうので、裸祭・裸押し等とも呼ばれており、西大寺参りとして名高いものです。

この名称は、本押しの時に「エエヨウ、エエヨウ」と、掛け声をかけながら揉み合った所からきたものと言います。

神木は院主が旧臘中に広谷山から伐り取り、長さ一尺ほど削って作り、牛王(ごおう)西大寺宝印を押した紙に包んで保管しておきます。

斎戒した寺僧たちが、元旦から二七(にしち)日の修正会を勧修し、天下泰平玉体安穏の祈祷が行われます。

十一日の夜から、十三日までは、牛王殿四本柱の間で地押しと称する、押合行事が行われます(子供の地押しは別に十五日に行われます)。

満願の十四日、信者達は付近の吉井川で水垢離(みずごり)を取り、裸体となって境内に詰めかけます。

夜が更けて三番太鼓を合図に火を消し、数万の裸の群衆の中に、院主の手で神木が投ぜられ、神木を得るために、群衆は押合いもみ合いを続けます。

この神木を得たもの「拾い主」は、町の白行燈をかかげた家に飛び入って、米を盛った桝の中に神木を突き立てます。

白行燈は「神木譲り受けます」の印で、この家では、ただちにこれを寺に報告、院主は行列を整えてその家を訪れて検分し、本物なら祈念して帰院し、その趣旨を掲示、群衆の押合い奪合いはその時まで続けられます。

白行燈の家の主人は納め主として十六日にこの神木を寺に納め、院主・拾い主等を迎えて祝いをし、拾い主に謝礼を送って労をねぎらいます。

昔は力士をやとって押合に参加させた家もあったそうです。

この神木は中興の祖忠阿上人が、文亀二年(1502)、神木を授けて以来、門徒の年長者に授けられて来ましたが、後に希望者が激増したため、くじ引きにしたが、間にあわぬので、このような行事が行われるようになったそうです。

俗説に讃岐国の志度浦の浜辺で会陽の日、耳を地につけていると、西大寺参りの人の足音が海に響くのが聞こえると言い、これを聞いた者は福を得るなどと言いました。

なお修聖会を西大寺で行うのは、開山安隆上人が奈良東大寺の実忠上人の創始した二月堂お水取りの道法を移したものと伝えられています。

西大寺の成功により、これにならって行う所が多く、山陽・四国地方の各地に会陽と名のつく行事を行う例があります。

案内

岡山県岡山市東区西大寺。

 
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