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六月-海と水辺の物語。
 
  河童駒引き。
 

 河童(かっぱ・かわわっぱ)と言えば、子供のような大きさで、頭にお皿、ざんばら髪、背中に甲羅、水かきを持ったイメージでしょうか。

 しかし、どうもこのような一様なイメージでは、なかったようです。
 
 河童と言う言葉は、箱根より東のごく一部の言葉らしく、同様のものをさしていると思われる言葉は、とてもたくさんあります。

 京阪神、姫路から北では、ガタロ(河太郎)。
 京阪神の伊勢湾方向では、川小僧。
 天竜川沿いから信州へは、カワランベ。

 中国地方全般では、カワコ、またはコウゴ。
 エンコと言う呼び方のものもありますが、これは一種の猿とされていて、手が伸びるという河童と共通のものを持っています。
  九州では、多くの地方でガハラッパ。
  河童の害の多い所では本当の名前を言わないそうです。
  ミッツドンという隠語が使われていて、ミズチの事だそうです。
  水に霊物か何かと言う意味のチという字で、ミズチ、水の霊をさしています。

  同じ隠語のような使い方で、
  能登半島ではミズシン。
  東北ではメンツチ・ミンツチ・メドチ。

  アイヌでも同じ水の霊を、ミンツチと呼び、昔話が残っています。

  不思議な事に、手が左右つながっていていて、一方の手を縮めると他方が伸びるという特徴を持っています。

  「河童駒引き。」
 

 ある日、和尚さんが隣村の法事に出かけました。
 隣の村と言っても、山をいくつも越えて行かなければならず、和尚さんは馬に乗り、ぽこり、ぽこりと山を越えて行きました。

 そして山を降りた村の入り口に流れている川の側に、馬をつないで休ませ、法事の家へと歩いて向かいました。

 暑い昼の事でした。

 和尚さんが戻ってくると、馬がいません。
「あお! あお〜〜〜! どこいったんじゃぁ?」
和尚さんはあっちこっちを探して歩きました。

「ひひぃ〜〜〜ん。」と、泣き声がしました。

あおの声は、川の上流から聞こえていました。
和尚さんがいってみると、そこは、どん淵という沼でした。深い、深い、川の底に岩穴があって、そこから水がポコポコと、沸いていました。
その岩穴にあおが引き込まれそうになって、「ひひぃ〜〜〜ん、ひひぃ〜〜〜ん。」と足を踏ん張りもがいていました。
「あお!」
和尚さんは沼に飛び込むと、あおの手綱をつかんで、引っ張りました。
水の中に、何かが見えました。

あおは力いっぱい逃げようとしました。和尚さんも、あおの踏ん張りにあわせて、ぐい、ぐいっと引っ張りました。すると、和尚さんとあおの息があったのか、ずぼんとあおは池から飛び出しました。そしてブルブルッと体をふるって水をちらすと、和尚さんの側に来て、顔をべろべろなめました。

「おお、よかったのぉ。心配したぞ、あお。」
和尚さんはあおの顔をなでました。その時、あおのしっぽに何かがついているのに気がつきました。

「なんじゃあ?これは?」
それは、キュウリのような子供の手で、それも右手と左手がくっついたものでした。

河童の手は右と左がくっついていて、するりと抜ける。

和尚さんは、そんな話を思い出しました。
「ありゃあ、河童じゃったか。」

和尚さんはあおに乗って寺へ帰ると、河童の手を寺の柱にくくりつけ、ぶら下げておきました。

 その夜の事です。
外から小さな声が聞こえて来ました。
「返してけれ、返してけれ。」

和尚さんは今ごろ誰じゃろう?と思いながら、縁側に出ると、庭に何か小さなものが、一匹、そして一匹、また一匹、一面に河童がうごめいていました。
「お前達は、なんじゃの?」
和尚さんがそう言うと、手の抜けた河童が、出てきました。
「あの手を、返してけれ。」
河童達はいっせいに柱にくくりつけられた河童の手を見て、そろって和尚さんに頭を下げました。

和尚さんは、う〜んと考えました。いかに悪さをするものと言えども手を失のうては哀れ。
「どうじゃ、お前達。これから先、お前達がみな、人間に悪させずにおると証文を書くと言うなら、この手を返してやろう。」
河童達は、しばらく顔を見合わせておりましたが、一人の河童が、なにか紙をもって、和尚さんの前にでると、それを渡しました。

なるほど、それには、もう二度と人間に悪さをしないと書いてありました。

和尚さんは、柱にくくりつけてあった河童の手をほどくと、河童に渡しました。河童達はその手を腕のない河童に、すぽんとはめました。すると、不思議な事にその腕は元のようにはまり、その河童はぶるんぶるんと腕をふりまわして、和尚さんに見せました。そしてぺこんと頭を下げると、そのまま闇の中に、そろって消えて行きました。

 その後、そのあたりでは、河童に馬を引かれたとか、子供が消えたとか、そのような事は無くなりました。

 そのお寺には今でも「河童の証文」が大切にしまってあるとの事です。

       河童駒引き。

   
 

 河童の皮膚の色も、所によって違い、関東の河童は、灰色の皮膚で、年寄りのような皮膚をしていて、東北の河童は、赤い色をしているそうです。

 山の神は赤いものとなっているそうで(雷神も赤)、河童は一年の半分は川、一年の半分は山、と言われているのも、なんとはなしにわかる話しかも知れません。