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端午の節句と山姥。
  鍾馗。
    鍾馗様のお話です。
  鍾馗様は日本では五月人形の中に、京都等では屋根の上に座り、やってくる疫鬼に、にらみをきかせています。

  中国の神様ですが、いったいどんなお話を持つ神様でしょう?
          →端午の節句。

  「鍾馗。」
    中国唐の時代、皇帝玄宗が病にかかりました。
  玄宗が熱に浮かされ、寝台の上に横たわっていると、深夜を過ぎた頃、部屋の隅に何かが、あらわれました。それは、身をかがめて、じっとこちらをみていました。

  玄宗は脇に置いてある刀に手を伸ばしましたが、手に力が入りませんでした。
  それを見た小鬼は、タタッと小走りに走ると、玄宗の様子をうかがい、また、タタッと走りました。そして、台の上に置いてある、玄宗の玉笛と楊貴妃の香り袋に、手を伸ばしたのです。

「お前は、何者か!」
玄宗は声を振り絞って叱りつけました。するとその小鬼は玄宗を見て答えました。
「俺か?俺は虚耗(きょぼう)と言っての、人の喜びをの、憂いとするものだ。」
玄宗は大きな声をしました。
「誰か、ここへ!」
玄宗の声に武官が部屋に入ってきました。すると、虚耗は消え、いなくなってしまいました。玄宗は、目を大きく開いて、「化け物めが・・・。」と言うと、そのまま寝込んでしまいました。

医務官が玄宗を見ましたが、病気の原因はわかりませんでした。五経博士を呼び、見立てさせた所、何かに取り憑かれているようだと見立てました。玄宗のまわりには、大勢の武官が守りに付き、そして、再び夜となったのです。

玄宗は高熱の中、苦しさに目を覚ましました。部屋の隅には、昨日と同じ小鬼がこちらをうかがっていました。武官達は気がつかないのか、じっと外をにらんでいました。玄宗は武官達に知らせようとしましたが、声が出ませんでした。

「苦しいか?」
虚耗は玄宗にいいました。
「わしの姿は、他の者には見えぬ。 他にもたくさん見えるじゃろ?」
虚耗のまわりに何か黒いものが動めいていました。それは、武官達に見えないばかりか、武官達の体をすり抜けて、玄宗のそばへと近づいてきました。玄宗は声を上げようとしましたが、もう声が出ませんでした。黒いものたちは、玄宗を取り囲むと、一斉に玄宗を叩き始めました。すると玄宗の体は殴られるたびにガタガタ震え、ノドが乾いて、かきむしるように腕が動きました。武官達は驚いて駆け寄るのですが、まとわりついた黒いものに気がつきません。
黒いものは、玄宗にむらがったまま、果てどもなく叩き続けるのでした。

その時、緑色の袍(うちぎ)を着た、髭の大男が現れ、玄宗の側に立ちました。

そして剣をスラリと抜くと、黒いものをバサバサと切って捨てました。虚耗は、それを見ると「ギャー!」と大声を上げながら、その男に飛びかかりました。男は左の手で虚耗を掴むと、ぐぃっと握り締めました。すると虚耗は、「ウガァァァ・・・。」と声を上げながら、黒く消え去ったのでした。


玄宗は身を起こすと、髭の大男に尋ねました。
「お前は、誰であるか?見た事もない顔だが、進士の服を着ておるな。武官ではないのか?」
その男は剣をおさめると、膝をついて玄宗に礼を示しました。
「私は終南山の進士、鍾馗と申します。武徳年間の頃、科挙を受けましたが、 この顔を恐れられ、落とされてしまいました。私は、世をはかなみ、石塔にこの顔をぶつけ打ち砕き、世を去ったのですが、高祖皇帝は、私を深く哀れみ、この進士の緑袍を賜り、手厚く葬ってくださいました。今、そのご恩に報いるため、高帝のご子孫たる陛下をお助け申しました。もはや病等消し飛んでございます。」

玄宗は、はっと目を覚ましました。鍾馗の言う通り、体はスッキリとしていました。医務官が診察してみると、なんの異変もありませんでした。側にいる武官達は何がなんだかわからない様子でしたが、玄宗は、武官達を下がらせ、休ませました。

翌日、玄宗は画聖と讃えられる呉道子(ごどうし)を呼び、鍾馗の肖像を描くよう命じました。数日後、呉道子は絵を書き上げ、参内しました。その絵は玄宗の見た鍾馗そっくりでした。

「呉道子よ、そちのもとにも現れたのか?」
「はい、夢に現れまして、これよりは疫鬼から人々を守ろうと、おっしゃられてございます。」

玄宗は、しばらくその絵を見ていましたが、国が一望出来る城の門の上に、自らその絵を掲げたのでした。

       鍾馗。

   
 

  この鍾馗の物語は、渋川玄耳「支那仙人伝」に収録されています。
  これは後漢「列仙伝」、晋「神仙伝」、明「列仙全伝」を中心にまとめられたもので明治四十四年発行のようです。

  中国では、鍾馗様を描いた絵を門口に貼っておくと、様々な病気を防いでくれるという信仰があり、一般的だったようです。

  玄宗の病気はマラリア熱ではないか?とされています。日本ではマラリアを古くは瘧(おこり)と書き、中国ではこの病原体を瘧鬼(ぎゃくき)と呼んだそうです。

  ◆補記
  ◆ 西遊記の第六回では、灌江口の二郎神廟の門番が鍾馗様となっています。