お話歳時記 お話を見て書いて創るサイト お話歳時記
お話歳時記創作情報デジタルコンテンツメルマガwww.pleasuremind.jp TOP
三月ー花と少女の物語。
 
  火難婆。
    お彼岸のぼたもちのお話です。
  ぼたもちのお話は、笑い話が多いのですが、このお話だけ、ちょっと怪談してます。

  「火難婆。」
 

 むかし、出雲のあるお寺の和尚さんが、ぐっすり寝ている時の事でした。寺の本尊さんが夢まくらに立ちました。
「御坊よ、このお寺は火難に会う事になっておりますよ。」
「はあ、いったいどこから火が出ますので? 仏さん、今にも増して一心に仏道に励みますので、どうか助けてくだされ。」
「うむ、明後日の夜二時、火難婆というものが、まかないのかまどの壁板に火をつけにやってくるのですよ。」
「火難婆ですと?」
「そうじゃ、火難婆じゃ。この婆はの、ぼたもちが好きで好きで、ならん。 その日にの、食べきれんほどのぼたもちをつくって、あちこちに置いておくのじゃ。 夜が明ければ、火難婆は帰らねばならぬからの。」

 和尚さんは、目が覚めると、早速火を起こして、ぼたもちを作り始めました。その日のうちに千個、次の日にも千個、そして夜のうちに寺の門から中へ、ずらりとぼたもちを盛り、かがり火を焚きました。

 そして、時刻は、二時を過ぎたのです。

 門の向こうに、手にロウソクを持った小さな影が現れました。
 和尚さんは、その姿をじぃ〜っとみつめると、髪を後ろに荒縄で結んだ、黒い顔のお婆さんが口をヘの字に曲げて和尚さんを見ました。
「なんじゃあ?お前は?」
「はい、この寺の和尚です。もしや火難婆様ではありませんか?」
「ふん、よう知っとるの。だからなんじゃと言うのじゃ?」
「遠い所よりおいでになったご様子で、よろしければ、このぼたもちをいかがでしょうか?」
「ふん?」

火難婆は和尚のそばに山と積んであるぼたもちを見て、大きく目を開きました。
「そのぼたもちを食ってもよいのか?」
「ええ、どうぞお召し上がりください。」
和尚は火難婆にぼたもちを勧めました。火難婆は、たたっとぼたもちの前に来ると、ひとつほお張りました。
「うぅうむ、うまい。」
そして和尚の顔を見ました。
「どうぞ。」
「おお、いただこう。」
火難婆は一つほおばり、二つほおばり、そうして、むしゃむしゃ、むしゃむしゃ、ぼたもちを食べ続けました。

 しかし火難婆の食べる勢いは衰えず、二千個あったぼたもちが、残り少なくなってきました。夜が明けるには、もう少し、かかりました。夜明け前に食べきってしもうたらどうしたものじゃろう?和尚さんは急いで寺の中にある餅をかき集め、残っていた餡と、黒豆を持ち出すと、外でとろとろ煮始めました。
「ん?それはなんじゃ?」
「これはですの、寺特製のぼたもちです。」
「ぼたもち?」
「はい、こうやって、お餅に温めた餡をのせて食べると、本当にうまいのです。」
和尚はそう言って、火難婆の目の前で、焼いたお餅にとろとろの餡をかけて見せました。
「いかがですか?」
「うむ。」
火難婆はそのぼたもちを食べました。
「おお、これはおいしい。」
「まだ、たくさんありますよ、いかがですか?」
「うむ、食わせてくれ。」
こうして、火難婆に、とろとろの餡かけぼたもちを食べさせていると、ついに夜がしらじらと開けてきました。

「しもうた!」
火難婆は、困った顔をしました。
「この寺はの、今日火が出る事になっておったのじゃが、もう夜が明けてしもうた。ちょいと待て。」
そう言って火難婆はどこからか筆と巻紙を出しさらさらと何か書いて、和尚さんに渡しました。
「これは、なんですかの?」
「十年後のこの日、もう一度来て、火を起こす。よいか、これは証文じゃぞ。」
火難婆はそう言うと、ふぅっと消えました。

お坊さんは寺に入ると仏さんを拝みました。
「十年たったら、火難婆はもう一度火をつけに来ると言っております。どうしたらよいのでしょうか?」
すると、本尊さんはもう一度お坊さんの夢まくらに立ち、「御坊よ、十年と書いてある十の上に、ノの字を書いて千年としてみなさい。」と言いました。
お坊さんはハッと目を覚ましました。
そうじゃ、十年を千年とすれば良いのじゃ。お坊さんは証文を取り出すと、十年の上にノの時を書き足し、大切にしまっておきました。

 

  
 十年後の夜となりました。
 お坊さんは、かがり火を焚いて、火難婆を待ちました。夜を二時過ぎる頃、前と同じように、手にロウソクを持った小さな影が、門の向こうから、よたりよたりと歩いてきました。和尚さんは、火難婆の姿を見つけると、駆け寄りました。
「なんじゃ?また待っておったのか?」
火難婆はあたりを見回すとちっと舌打ちをしました。
「きょうはぼたもちは無しかの。」
「いえ、ここにありますぞ。」
和尚さんは、ぼたもちを一包み、出しました。
「おお、わしに食わしてくれるのか?」
「はい、じゃがその前にこの証文を確かめてくだされ。」
和尚さんは証文を取り出しました。
「ここを見てくだされ。」
「うん?」
「千年後、と書いてありますじゃろう?」
「ううん?」
火難婆は証文にロウソクを近づけて見ました。
「千年後、と書いてあります。」
火難婆は和尚さんの顔をにらみつけ叫びました。
「十年後じゃ!十年後じゃあ!」

「千年後、ですね。」
和尚さんはゆっくり証文の文字をなぞり、ぼたもちの包みを差し出しました。火難婆は口をぎゅっとヘの字に曲げ、ぼたもちの包みを掴みました。
「千年後じゃ!千年後、必ず来るからの!」
火難婆はそう叫びながら、消えてしまいました。

 こうしてお寺は、火事にあわずにすみました。和尚様は、寺に帰ると筆を取り、千年の上に三をつけ足しました。

       火難婆。

   
 
  お彼岸のご馳走ぼたもちは季節によって呼び方が異なります。

  牡丹餅は春、お萩は秋の呼び名です。
  牡丹餅はお餅と違い、蒸してつくるため、いつつくったのかわかりません。そのため餅をついたのがわからない「つき知らず」→「着き知らず」、夜は暗くて船がいつ着いたのかわからないことから、夏は「夜船」。
  同じように、「つき知らず」→「月知らず」月を知らない、つまり月が見えないのは北側の窓、ということから冬は「北窓」と呼ぶそうです。
  
  火難婆にしてみれば、火をつけるより、ぼたもちの方がよかったかも。
  なんだか、とんち話のようなお話でした。