「ああ」という鬼。

日本の鬼の最初の記述は、出雲国風土記、阿用の一つ目鬼のお話です。

そこで、鬼に喰われる男は、「動動(あよあよ=動くな、との意味)」と、言葉を残すのですが、その言葉につながる鬼の昔話があるのです。


「"ああ"という鬼。」

むかし、ある所に怠け者(せやみ)な定吉という若者がいました。

何をするにつけても、文句ばかり言う男で、いつも「ああ、こわぁい、ああ、こわぁい(疲れたという意味)」と言っていました。

ある時、定吉は、主人に言いつかって、山向こうの村に使いに出かけました。

うら寂しい山道ですから、人にも出会わず、いつもなら、文句を言い続けていられるのですが、この時ばかりは、黙って歩き続けなければいけませんでした。

>それでも、山を登りきったところで、あまりに疲れてしまい、大きな松の木のそばに座ると、ああ、こわぁい(疲れた)。」といいました。

「あぁい。」

どこからか、声がしました。

定吉は、きょとんとあたりを見回しました。しかし声の主はどこにも見つかりません。

「・・・いま、あぁいと返事したヤツ、誰だぁ?」

定吉は、恐る恐る聞きました。

「俺だぁ、俺が返事しただぁ。」

その声は、ちょうど定吉の座っている松の木の下から聞こえてきました。

「おめぇ、どこにいるだぁ?」

「ここだぁ、地面の中だぁ。」

「・・・おめぇ、なにもんだ?」

定吉はあとずさりしながら、聞きました。

「俺は、”ああ”という鬼だ。」

「鬼?」

定吉はびっくりしました。


「俺は、悪い事をしすぎて、神様に小箱の中に入れられ、ここの土の中に埋められた鬼じゃ。」

その声は地面を震わせながら続きました。

「長い間、埋められたままでの、俺は苦しくて苦しくてしかたない、誰かが通ったならば助けてもらいたいとおもうておったが、誰も通らぬのか音も聞こえぬ。」

「途方に暮れておったらば、わしの名前を呼ぶものがいるではないか。どうか、わしを掘り起こしてくれぬか?そうしたならば、お前を一生、安楽に食わせてやろう。」

一生、安楽に食わしてもらえる?

定吉は大喜びで、その地面を掘りました。すると、小さな鉄の箱が石の下から見つかりました。

定吉はその箱をかたかた振りました。

すると中から、「おい、何をする?そんなにふりまわすな。痛くてかなわぬ、早く開けてくれ。」と、あの鬼の声がしました。

定吉はわけがわからないまま、その箱をパチンと開くと、箱の中から、ボォウと大きな物が出てきました。

それは定吉の倍もある黒鬼で、腕は臼のような、脚は樽のような、仁王さまのような、大きな鬼でした。


定吉が腰をぬかして見上げていると、鬼はヒザをついて定吉をのぞき込みました。

「おかげで助かった。約束通り、一生安楽に食わせてやろう。」

そう言うと、鬼は定吉にフゥ〜ッ!と大きく息を吹きかけました。

「うわぁっ!」

定吉の体はふわっと浮くとどこか遠くに飛ばされてしまいました。

定吉は、おっかなくて目をぎゅっとつむっていたのですが、どこかにばったり落ちてしまいました。

目をそ〜っと開けると、そこは色とりどりの木々に囲まれた、大きなお屋敷でした。

「ここはどこだぁ?」

「俺の屋敷だ。」

定吉のそばには、あの黒鬼の「ああ」がたっていました。

「この屋敷で、お前は好きなだけ遊んで、好きなだけ食べて暮らせば良い。」

黒鬼のああは、定吉を屋敷に招き入れました。

定吉はそこで毎日ぶらぶらして、好きなだけ酒を飲み、うまいものをたらふく食べて暮らしました。

もう、定吉は文句一つ言う事が無くなってしまいました。

何を食べてもうまい、何をしても楽しくて仕方ありませんでした。

屋敷の中には、五つの倉があり、そこの扉を開くと、春夏秋冬、それぞれの季節へ行く事が出来ました。

右の扉を開くと山へ、左の扉を開くと海へ、つながっていました。

黒鬼のああは、自由になれたことがうれしいのか、その時々で気に入った季節へ行って、山の幸、海の幸をとり、また、あちこちの山に出かけては、知り合いの鬼達と遊び歩いていました。

ただ、三番目の倉

だけはけっして開けようとしませんでした。


ある時、ああは、

「俺は、親の年忌法要があって、でかけるから、留守の間、お前は倉を開けて好きな所へ行って遊んでいるがいい。」

「だが、いいか?三番目の倉だけは開けてはならんぞ。」

そう言って定吉に倉の鍵を渡しました。

定吉は、ああが出かけると、次々に倉の扉を開けて、それぞれの季節の山や海へ行き、果物をほお張り、遊びました。


ただ、一つだけ倉の鍵が残りました。

定吉は、ほんの少し扉を開けてみるだけならいいだろう、そう思って、三番目の倉の鍵をはずしました。

ガキンと音がしました。

定吉はそおっとあたりをみまわしましたが、何も起こりませんでした。

定吉は右の扉を開けてみました。

その向こうには、うっそうと茂る木々があり、向こうは見えませんでした。

定吉は扉を閉め、今度は左の扉を開けました。

しかしその向こうも、やはり、うっそうと茂る木々があり、向こうが見えませんでした。

定吉は、何があるのじゃろうと、扉の向こうへ脚を踏み入れました。

空は木の葉が幾重にも重なって、見る事が出来ません。

定吉はきょろきょろしながら、うっそうと茂った森を進みました。


何かが茂みの中を動きました。

定吉は振り向くと、そこには大きな狼がいました。

驚いて走り出すと、狼は吠えながら向かってきました。

定吉は木に飛びあがると、そのまま木に登ろうとしました。

狼が定吉に飛びかかってきました。

定吉は枝にしがみつきましたが、狼は今にも定吉に食いつきそうでした。

定吉は「ああっ、おっかなああい!」と叫びました。

すると風が飛んできて、定吉をつかみあげると、木を突き抜けて空にのぼって行きました。

鬼の面の形をした岩山が、あっという間にはるか下へと見えました。

そこは、鬼ヶ島だったのです。

そして、いつの間にか元の鬼の屋敷へたどり着いていたのです。


「あれほど、入らぬようにと言っていたのにのう。」

黒鬼のああはため息をつきました。

「お前がおっかないと叫ぶだで、親の法事を勤められんかった。

約束を守れぬ男は、もう大事にはできんのう。」

そう言うとまた風のように消えてしまいました。

ああがいなくなって、定吉があたりを見回すと、そこは元の松の木の下でした。

定吉は、しばらく、そこに座っていましたが、腰をあげると、ただ黙って、歩き出しました。

       「ああ」という鬼。


このお話は、グリム童話KHM99「ガラス瓶の中のばけもの」と似たような趣向を持っています。

グリムのお話では、ガラスの中の化け物から、宝物を得て裕福になりますが、日本の物は、後半部が「見るなの座敷」「見るなの蔵」となっているようです。

原話は岩手県「昔話研究」創刊号、藤原貞次郎さんとなっています。


 
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