年越しに福来る、その一。

年越しの夜、年神様が福をもってやって来るわけですが、日本にはたくさんの神様がいて、貧乏神も神様のお一人です。

その貧乏神のお話、人間臭くて面白いお話がたくさんあります。

今回は貧乏神の変形、怠け神のお話です。


怠け神。

あるところに権助という怠け者がいました。

働くのも面倒なら、歩くのも面倒、口を開くのも面倒、自分の食べ物を持つ事さえおっくうで、動くと腹がすくと言っては、毎日、寝て暮らしていました。

そうするうちに、屋根は漏り、壁は落ち、家のなかにカビは生え、草まで生えてくる始末でした。

それでも権助は、いっこうに働く気になれず、寝ている方がましと、ごろごろ、ごろごろ、寝てばかりいるというありさまで、とうとう嫁も子供を連れて実家に帰ってしまいました。

それでも権助は、嫁に文句を言われるでも無く、子供に泣かれるわけでもなく、結構気楽なものだと、いつものように、ごろごろ、ごろごろしていました。

そんなある日、権助がふと目を開けると、戸口の向こうに、何やら豆のように小さな痩せた乞食のような男が、ニタニタ、こちらを見ていました。

「権助、権助、おまえはほんにええヤツじゃ。毎日毎日ごろごろして、ちっとも働かん。ぜひにも、わしをここにおいてくれ。」

そう言うと、小さな痩せた男は、ニタニタ楽しそうにあがり込むと、権助の横にごろんと横にねころがりました。


その小さな男は、飯を食べるでも無い、口を聞くでも無い、ただ権助と同じように、ごろごろ、ごろごろ、寝てばかりで、たまに口を開いては大きなあくびをするだけでした。

こうして、しばらく二人はごろごろ、ごろごろしていたのですが、不思議な事に、小さな痩せた男は、しだいにころころ、ころころと、大きくなって来ました。

権助は、どうした事か?とぼ〜と見ていると、その男は、ごろん、ごろん、ごろん、ごろんと、肥えて肥えて、背も、胴回りも、小屋いっぱいになってしまいました。

いつのまにか、権助は、押しつぶされるように隅に追いやられ、寝るところも無くなってしまいました。

権助は困って、聞きました。

「お前さん、何者なんだい?何も食べすに寝てばかりいると言うのに、こんなに大きく太ってしもうて、いったいどういうわけだい?」

「わしは、怠け神というものだ。まことにお前はうわさにたがわぬ怠け者だ。」

男はそう答えました。

「ここへ来る前は、大変な稼ぎをする男のところじゃったから、わしはあんなに小さく痩せこけてしもうた。

ところがお前さんは、怠けてばかりいるから、わしはこんなに肥え太る事が出来た。ありがたい、ありがたい。」

そう言って、男は大笑いするとまた、ごろんと寝返りをうつと、ぼこんと一回り大きくなり、権助を外へとはじき飛ばして、また寝てしもうた。


権助は、とうとう居る場所がなくなってしまいました。

仕方なしに、よそへ行って、何かの仕事の手伝いをして、飯を食べさせてもらったり、駄賃をもらったり、宿を貸してもらったり、しておりました。

そうこうするうちに、知り合いも増え、お金も、二文、三文と稼げるようになると、働く事も楽しくなり、もっと稼げるようになっていきました。

ある日、ふっと権助が家に帰ってみると、痩せた怠け神が、不機嫌な顔で、座っていました。

「おいおい、お前、稼ぎなんてつまらんまねはよせ。もとのように怠けて怠けて俺を助けてくれ。」

しかし権助は今では仕事が楽しくて仕方ありませんでした。あっちで稼ぎ、こっちで稼ぎ、一生懸命稼ぎました。

すると怠け神はどんどん痩せて、痩せ細って、もとのように豆粒のように小さくなり、ある日とうとう逃げ出してしまいました。

権助はたまった稼ぎで家を建て直し、身代も出来ました。

そして、逃げた嫁と子供を呼び戻すと、一人前に働き、楽しく暮らして行きました。


       「怠け神。」


貧乏神の初出?は沙石集巻の七「貧窮(ひんぐう)を追たる事」とされています。

このお話では、尾州の円浄坊という僧があまりの貧窮に、大みそかの夜、「今は貧窮殿出でおわせ」と誦えながら桃の棒を打って、家の中より外へと追い払いようにしました。

するとその夜、円浄坊の夢に痩せかれた法師があらわれ、長年ここにいたけれど出てゆくと、泣いたそうです。

このあと円浄坊の暮らしは豊かになったと言うことです。


ちょっと貧乏してる方、桃の棒だそうです。


 
 
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