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九月ー重陽の節句とお月見。
 
  分福茶釜。
    分福茶釜は群馬県館林市に伝わる伝説で、昔話として巖谷小波の「日本昔噺」におさめられています。分福を文福とも書き、ぶんぶく、ぶんぷく、とも読みます。妙にイロイロあるこのお話、出典もいろいろありました(笑)。
  「ぶんぶくちゃがま」は、1870〜80年代の赤本「京東山ばけ狐」(室町季世)を、近藤清春が、狐から狸に改変して成立した作品で、狸僧の伝説がさまざまな形で結びつき、「ぶんぶくちゃがま」となったようです。
  「分福茶釜。」
 

  「くずや〜、おはらい〜。くずや〜、おはらい。」
  茂平は、カゴを背負って村々を歩き、壊れたり、いらなくなった金物を集めては、修理して売る商いをしていました。
  
  ある月の夜の事でした。遠くの村まで、金物を集めての帰り道、チィチィと泣き声が聞こえてきます。茂平は泣き声の聞こえて来る、田んぼのそばの竹薮へ入っていくと、そこには狸が一匹、罠に足をはさまれて、泣いていたのでした。

  「おお、痛かったろう。」
  茂平は罠をはずして、狸を逃がしてやりました。狸はびっくりしたのか、パッと逃げ出すと、立ち止まって茂平の方を見ました。  

  「もう、人に近づくんじゃないよ。」
  茂平はそう言うと、背を向けて、田んぼの道を歩いて行きました。狸は、竹薮の中を走って、茂平の後を、そっとついて行きました。茂平の背中のカゴは、こわれた鍋や釜がカラカラカラカラと楽しそうに音を立てていました。狸は何を思ったのか、茂平の背中のカゴにパッと飛んで入ったのです。

  カラン。
  そこには、新しい茶釜がひとつ、また、楽しそうに音を立てていました。家に帰った茂平は、カゴの中のものを土間に広げました。すると中から覚えの無い見事な茶釜が出てきました。

  「これは見事な。俺にはもったいない。」
  翌朝、茂平は、いつもお世話になっているお寺へ行くと、その茶釜を和尚さんに差し上げました。和尚さんは湯を湧かそうと、さっそく茶釜を火にかけた所、突然茶釜は、「チィ〜!」と、声を上げると、飛び跳ねるように囲炉裏から転がり落ちると、ガチャンと音を立てて止まりました。

  和尚さんは目を丸くしました。
  さっきまで普通の茶釜だったはずなのに、今は手と足、尻尾、そして狸の顔が茶釜についていたのです。和尚さんは茂平を呼んで尋ねましたが、茂平にもさっぱりわかりません。茂平はその茶釜を家に持って帰りました。

  その夜のことです。
  茂平が眠っていると、「茂平さん、茂平さん。」と、茂平を喚ぶ声がどこからともなく聞こえてきます。茂平が、起きて見まわすと、机の上においてあった茶釜がこっちを見ています。
「茂平さん、私は昨日、茂平さんに助けられた狸です。少し、見てください。」
そう言うと、狸はクルクル踊りはじめ、そして、あっちへポン。こっちへポンと、飛び跳ねました。

「茂平さん、どうですか?私が芸をしますから、見せ物小屋をやりましょう。」
茂平さんは、茶釜の狸の言う通り見せ物小屋をはじめました。見せ物小屋のまわりには「分福茶釜」と、のぼりが何本もたっていました。

  「分福茶釜?なんじゃろうの?」
  町の人はなんの見せ物か?と小屋につめかけました。小屋の中では茂平が、鐘と太鼓をもって、鳴らしはじめました。すると、茶釜の狸は、張ってあった綱に飛び乗ると、その上でクルクル踊りを踊りました。そして、小さな番傘を開くとクルクルまわして、ピョンピョン飛び跳ねました。

  見せ物小屋は大当たりでした。茂平さんはアッと言う間に大金持ちになりました。

  「狸さん。」
  「なんでしょうか?」
  「お金もたくさん手に入ったし、私もなれた金物の商いをしたい。狸さんももう、楽をしてもいいんじゃないかの?」
  茂平さんはこうして金物屋をはじめました。茶釜の狸は、茂平さんと店番をし、店の前でクルクル踊り、茂平さんと一緒に商いを続けたそうです。

       「分福茶釜」

   
 

  「分福茶釜」のモデルとされるものは、松浦静山の随筆「甲子夜話」35-30の、上州茂林寺(現館林市青竜山茂林寺)の守鶴の話とされています。

  それによると、応永年間(1398〜1428)上州の曹洞宗茂林寺という寺に、開山禅師にしたがって、守鶴という有碩学徳能筆の僧がいつきました。彼がどこからか持ってきた茶釜は、いくら汲んでも湯が尽きないという不思議な釜で、僧侶の集まりがあるときはこの釜で茶を振舞っていました。
  守鶴が茂林寺に来て百二十年、昼寝をしている様子を別の僧が覗くと、手足に毛が生え、狸の尾があらわれました。
  「我まことは数千年をへたる狢(むじな)なり」。
  守鶴はかつてインドで釈迦の説法を受け、中国を渡って日本へ来た狸でした。

  守鶴は寺を去るにあたり、幻術によって源平合戦の屋島の戦いや釈迦の入滅を人々に見せた、と言う事です。

  現在、茂林寺には茶釜が展示されており、お寺に伝わるお話では、「元亀元年の夏、守鶴和尚が千人法会で湯を沸かす時、どこからかもってきた茶釜を使った、それは、いくら湯を汲んでも湯がなくならない。その不思議さに福を分けるということで(この茶釜を)分福茶釜と名づけた。」とされているようです。

  「分福茶釜」、妙にひとなつっこい、楽しいお話なのだと思います。
 

  ◆補記
  ◆館林市青竜山茂林寺(曹洞宗)。
http://homepage3.nifty.com/gallery41/Panorama/Morinji/Morinji01.htm

http://www.geocities.jp/sakuragaoka5364/html/morinji.html