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妖怪のお話。
 
  牛鬼、その一。
   七月二十二日〜二十四日、愛媛県宇和島市和霊(われい)神社の夏祭りと一緒に、宇和島牛鬼祭りが行われます。鬼のような頭に赤い体の怪獣みたいなものが、お神輿のようにかつがれて、町を練り歩くそうです。

 牛鬼は、一般的に、牛の体、蜘蛛の足、角が二本の鬼の顔が、知られていますが、そればかりではなく、牛の体に鬼の顔のもの、そして鉄棒を持った鬼の体に牛の顔のものと、どうも形がはっきりしません。海の妖怪とも山の妖怪ともされていて、描写もまちまち。どれがいったいホントやら。

 今回は石見国に伝わる話です。
  「牛鬼。」
 

 石見国の安濃郡の染物屋に政五郎という男がいました。釣りの好きな男で、天気の良い日には、大浦村の海岸に夜釣りに行きました。

 ある夜、政五郎は夜釣りに出かけ、いつものように磯の岩に腰をかけて、釣り竿を入れました。波がザ〜ン、ザザ〜ンと磯に寄せ、提灯の灯が波間を照らし、崩れてはまた、ゆらゆら揺れました。
 しばらくすると魚が喰いつきました。
 釣り上げてみると、それはビックリするほど大きな魚で、政五郎はその魚を
ビクの中に入れると、フフンと楽しそうに竿をいれました。
 すぐに魚が喰いつきました。また大きな魚でした。政五郎が竿を入れると、またすぐに魚がかかりました。政五郎は首をかしげました。竿を入れるたびに、すぐ魚がかかるのです。いつの間にか、ビクにはいっぱいの魚が入っていました。

 魚が良くかかる時には、濡れ女が出てくる、そんな噂が頭に浮かびました。

 濡れ女は赤子を抱いた化け物で、海岸で会った者に赤子を抱いてくれと言って抱かせるのだが、その赤子は手に吸い付いたようになって離れず、次第に重くなり、そこを牛鬼という、鬼の顔をした牛のような怪物が襲ってくる、という話でした。

 政五郎は気持ち悪くなり、竿を納めて帰ろうとしました。

 その時です。
 波頭を何かが蹴って、水しぶきがあがりました。政五郎が振り向いて見ると、海の上に女が立っていました。その女は着物から水を滴らせ、長い髪を濡らし、黒い顔に赤い口だけが、開いていました。そして、胸には何やら赤子のようなものを抱いていたのです。

 政五郎は、海の上を見つめながら、前垂れで手を覆いました。手袋をしていると、赤子が手に吸い付いて離れなくなっても、手袋ごと捨てられる、そう聞いていたのです。しかし、政五郎はあいにく手袋を持っていませんでした。そこで、かわりに前垂れで手を覆ったのです。

濡れ女はいつの間にか政五郎の前に立っていました。
「もし、あなた。ちょっとの間、この子を抱いていてくださいな。」
濡れ女の赤い口からボコボコと濁ったような声がしました。

政五郎はごくんとつばを飲むと、ゆっくり、前垂れをまいた両腕を差し出しました。
濡れ女はニッと笑うと
政五郎の両手の中に赤ん坊を置き、水の中にズブズブと沈んでいきました。

赤ん坊は政五郎の腕の中で、女と同じように赤い口だけを開き、アハアハと笑いました。そのたびに、どんどん、どんどん重くなっていったのです。噂は本当だったのです。恐ろしくなった政五郎は、うわぁ〜!と叫ぶと、赤子を前垂れごと放り捨て、町に向かって走り出しました。
  
突然海の中から、大きな黒いものが現れ、ザブンザブンと波をかきわけ、政五郎めがけて来ました。

牛鬼でした。
牛鬼は浜にあがり、ブルブルッと体をゆすると、走り出しました。砂煙があがり、地面がゆれました。

政五郎は、海岸を死に物狂いで走りました。

大きな黒いものがどうどうと後に迫ってきました。頭の後に、ぶわっと生暖かい息が、かかりました。政五郎は恐ろしくて後を振り向く事も出来ず、走り続けました。

心臓が張り裂けそうになり、もうダメかと思った時、目の前に農家の灯が見えました。政五郎はその家に飛び込み、「助けてくれ!」と叫びました。主が驚いて外を見ると、得体の知れない大きなものが地響きを立てて迫っていました。二人は急いで戸を締め、窓や裏戸を閉め、唐櫃の中に飛び込みました。

唐櫃の中で政五郎と主人はじっと息を殺して外の様子をうかがいました。

何かが戸口をダンダン叩いた後、家の廻りをグルグル走りました。
牛鬼は、家のあちこちをどんどん叩き、走り、また叩きました。
政五郎と主人は恐ろしくて恐ろしくて、唐櫃の中でガタガタ震えました。

しばらくすると、それは走るのをやめました。
政五郎達は息を飲んで外の様子に耳をすませました。

「ああ、せっかく良いものを見つけたのに、取り逃がしてしまった。ああ、ああ、あぁぁ。」と、あの濡れ女のように、ボコボコと濁ったような声で言うと、深く溜め息をつき、海の方へと去っていったのでした。

やっと、政五郎は助かったのです。


それから政五郎は釣りをやめ、二度と海には近づこうとしませんでした。
そして、口を開けた魚を見るたびに、あの女の赤い口からボコボコと濁った声が聞こえるようで、背筋がぞっとするのでした。
       「牛鬼。」

   
   東海道の牛鬼は、川や沼にすむ怪物とされていて、日中でも姿を現わすのですが、 石見地方の牛鬼は必ず夜、赤ん坊を抱いた濡れ女が現れ、その後出現するという、凝った現れ方をしています。
 では濡れ女は単体で現れるのか?と言うと現れないようです。

 さて、冒頭の宇和島牛鬼祭りの赤い怪物。実際は牛鬼では無く、戦国時代の、いわゆる兵員輸送車、亀甲船のようなもののようです。確かに夜くらい戦場で赤い怪物が現れたら、威嚇効果抜群。牛鬼と名づけたのもよくわかる気がします。
  ◆補記
  ◆愛媛県宇和島市和霊(われい)神社の宇和島牛鬼祭り。
 http://ushioni.gaina.ne.jp/