大黒祭り。

大黒は七福神の一神で、大福天とも言われ、大きな袋を背負って、打ち出の小槌を持った台所の神様です。

日本の大黒様は、大国主の命と混同・習合され、破壊と豊穣の神として、後に七福神の中の大黒様として食物・財福を司る神となりました。

袋を背負っているのは、大国主が八十神たちの荷物を入れた袋をかついでいたことから、また、大国主が火にまかれた時、鼠が助けたという説話から、鼠が大黒天の使いであるとされるようになりました。

江戸時代になると、現在のような米俵に乗り福袋と打出の小槌を持った長者形で表されるようになりました。

東北地方では、十二月九日を「妻迎え」、「嫁取り」、「お方迎え」などと呼び大黒様が嫁を迎える日としてきました。

この日は、ワラで編んだ皿に小豆飯を盛り、二股大根を供えます。

この二股大根を宮城県では「大黒さんのかかさん」、新潟県北蒲原郡では「嫁大根」等と呼んでいます。

嫁大根を供える時には、「嫁々」「嫁やい嫁やい」と唱えます。

この日を大黒様のメムカエ・ヨメトリ・オカタムカエ・ゴシュウギ等という所が各地にあります。

岩手県胆沢郡では十日を大黒様のお年重ねと言い、山形県庄内地方では、九日を大黒様の年夜(としや)と言います。

庄内では朝のうちから、子供たちが「大黒様の豆腐を買ってくださいや」と言って売り歩きます。


また、山形県米沢市には、八日に「大黒様の耳明け」という行事があります。

「御祝儀」ともいうため、メムカエでと同じ行事で、茶の間の恵比寿棚に恵比寿とともに祭ってある大黒様に、二股大根に柏の葉をあてがい藁で結わえた着物を着せたものと大豆飯を供えます。

大豆飯を家内のものも食べた後、炒り大豆を枡に入れ、「大黒様、大黒様、耳をあけておりますから、いいこと聞かせておくやい」と唱えつつ、神棚めがけて三度豆を投げます。

家によっては「ぜにかね、ざっくざく、はいるようにしておくやい」とも唱えるそうです。

大黒様と恵比寿様は一組で信仰されることが多く、その両方の祭りのように思っている所もあります。

新潟県東蒲原郡では、十二月九日を大黒様のおかた迎え、またはえべすの祝言と言い、二股大根を一本ずつ供え、夜になってから「恵比寿大黒祝います」と言って豆を投げつけますが、良い事を効くようにとは言わないそうです。

北蒲原郡では、焼き鮒二つ、ほしこ・炒り豆をエビスザラというわら皿にのせて供え、「耳明けて豆つまっしゃい」と三度唱えて豆を撒きます。

懸鮒(かけふな)と言って鮒を供える事は中部以東の夷講に見られる風習だそうです。

宮城県栗原郡では、大黒の芽迎いは十日の夕方で、白飯を炊いて豆粉を振りかけて食べ、二股大根を供え、一升枡に炒り豆を入れ、「大黒大黒耳をあけ、よいこと聞いて悪いことを聞きたもうな」と唱えて振り鳴らします。<

宮城郡でも、「お大黒さま、お大黒さま、耳をあけていますから、良い事を聞かせてください。」と三度唱えるそうです。

大黒様は耳の悪い神様だという伝承が各地にあって、それで祈願するのに大きな声で、耳を開けてくださいと頼んだものが人間尾法が耳をあけていますと変わったもののようです。

夷様も耳が悪いという伝承があって、大阪の今宮では、ツンボエビスなどと言って、堂を叩いてきがんするそうです。

大黒様と恵比寿様は一組で信仰されることが多く、神楽などでも恵比寿舞と大黒舞が知られています。

大黒様が五穀豊穣の農業の神で、恵比寿様が大漁追福の漁業の神である事から、商売の神としても信仰されるようになったと考えられます。