アエノコト。

アエノコトは、石川県能登地方、輪島市・珠洲(すず)市および鳳至(ふげし)郡で、十二月五日(旧暦の十二月五日)に行われる、田の神感謝の行事です。

霜月祭りの代表的なもので、二月九日(旧暦正月五日)には田の神送りをします。もとは旧暦十一月五日の田の神を家に迎え入れる行事で、霜月祭の代表的なものでしたが、現在では十二月五日に行うところが多くなりました。同様の行事は一月九日(現在は二月九日)にも行われてきました。
秋季と正月の中間に行うのでアイノコト(間の事)と言うのだという説もありますが、アユは饗宴、コトは神事の意味で、田の神を家に迎えて新穀を供える神事、新嘗祭です。
この行事の特徴は、田の神が家と田のあいだを往復するところにあり、現実には見えない神がまるでそこにいるようにして、家の主人が語りかけ、感謝の気持ちを表すのです。

行事は五日早朝、家人が神専用の眼張(メバル)を用意する事からはじまります。
ゴテ(主人)は、山から榊と粟の枝を伐って来ます。
榊はご身体の依り代に、栗の枝は粢餅(しとぎもち)の杵や箸に使用されます。
床の間か神棚の下に新藁でなったヘットリを敷くか机を置き、その上にご神体として種もみの俵を積み上げ、その上に二本の二股大根を箕にのせて飾り、栗の枝で作った箸二膳を置きます。田の神は男女二神だと信じられているからです。

種俵に榊を立て、風呂を用意し、粢餅をつくと、その餅をつく杵の音で、田の神は田から上がる準備をすると考えられています。

夕方、かみしも姿のゴテ(主人)が、苗代田か神田へ、田の神様を迎えに行きます。
「田の神様、お寒うございましたやろ、長々ご苦労様でした。どうかお迎えに参りまさかい、お出でくださいまし。」と唱え、家に案内し、迎え入れます。

ゴテが、門口で「田の神様ござったぞ、さぁ、みんな、お迎えに出えや」と声をかけると、家人がそろって出迎え、屋内に案内します。

まず「お寒うごぎいましたでしょう、ゆっくりおあたりください」ござを敷いた炉端に案内し、それからお風呂に招き入れます。
田の神様は、稲穂で目を突いてしまい目が見えないと言われており、そのため、紙燭で足下をてらしながら案内します。
お風呂では「お湯加減はいかがですか。熱いですか、ぬるいですか、ゆっくり入ってください」と言いながら背中を流すそうです。
それから座敷に招いて、二膳の御馳走を出し、甘酒、二股大根、黍餅などをのせた膳の品々を、一つ一つ「ご飯でございます」、「お汁でございます」等と二回案内し、饗応します。
これは田の神様が男女二体とされています。

そして田の神様を、最後に寝所となる種俵へと案内します。
冬の聞ここでゆっくり休んで霊力を貯えてもらうという意味合いだそうです。
こうして迎えた田の神は、二月九日まで家にいるものだと考えられています。


アエノコトは秋の一回だけではなく、春先にも行う土地があります。

十二月と二月の九日、十二月五日と一月九日の二回で、十二月の方を田の神迎え、二月の方をアエノコトと呼んでいる例もあります。

田の神は冬の間、山の中に帰っていると言われる事も、また、種俵の中に潜んでいると言われる事もありました。

各地方の例では、春に田の神迎えを行い、秋には田の神送りを行うのが普通だったため、春のアエノコトの本来の意味は田の神迎えで、秋は神上げ行事であったと思われます。

春のアエノコトは、神前の赤飯をおろし、主人は二尺以上もある大きな栗の箸で、家族全員をすこしずつ分け、「一升、二升、三升、五升、……どうか一束で七升上がりますように。では頂戴いたします。」と唱えて食べる事から、明らかに予祝行事でした。

アエノコトが行われる地域は今日では狭い範囲ですが、古い田の神祭りの様式を残すものとなっています。