アイヌの祭り、熊祭り。

アイヌの代表的な祭り、熊祭りは、アイヌ語でカムイオマンテ=Kamuiomsnte(神送り)と言い、イオマンテ(熊送り)とも呼ばれ、冬の狩りの始まる前の十二月ごろに行われていました。

北海道やサハリン、アムール川下流域に住むアイヌ民族は、熊祭をイオマンテと呼びますが、これは「イ(それ=霊)・オマンテ(送る)」を意味しており、イヨマンテは、これがなまった言葉です。

現在では、本来の熊祭りはすたれ、観光ショーとしてしか行われませんが、アイヌ民族独特の、本州の日本人とは異なった自然観、宗教観を示すものです。

アイヌ民族は、神(カムイ)の国は山奥にあり、熊の姿をした神が、毛皮や肉などの贈り物をもって人間の世界を訪問し、大いに歓待され、多くの土産物とともに、盛大な見送りを受けたあとふたたび神の国へ帰っていくと考えました。

このため、熊を殺すことは残酷なことではなく、熊の姿を借りた神の雲を神の国に帰すことになると考えていました。

熊祭りはその見送りの儀式といえます。


部落ではあらかじめ山中から生まれたばかりの熊を連れて来て「神の子」として養育し、二年程あつと冬の適当な日を選んで、熊を神の国へお送りする祭儀を営みます。

まず神送りの祝詞をささげ、熊を檻から出してしばらく遊ばせ、ついで祭場に連れ出し、削り花を飾った祭壇の前で、長老が数年間飼育した子熊に昇天の祈りをささげ、歌と踊りが演じられたのち、熊に矢が放たれます。

屠った熊の祭壇前に焚き火をたき、神の国への土産として箭や鮭等たくさんの供物を供えます。

部落の長老や飼い主達は熊の神霊に酒を献じ壽詞を唱え、女達は熊つなぎ柱のまわりを囲んで手を拍ち神歌を唱え、熊が無事に神の国へ帰るようにまつります。

その後、熊肉や粢餅(しとぎもち)、果物等は人々に分けられ今日食されました。

アメリカの人類学者アルフレッド・I・ハロウェルの論文(1926年)によると、熊祭は、北半球の高緯度森林地帯で暮らす狩猟民にほぼ共通して見られる習俗、だそうです。

熊祭とは、
一、捕らえた熊を殺害し、
二、その肉を食い、
三、その霊を神の国に送る(=甦り)の三場面から成り、
場面ごとに決まった呪言や禁忌のある儀礼、と定義されています。

こうした熊祭の基盤になっているのは、次のような信仰で、
◇熊は野獣の王であり、森のあるじ、またはその使者である。
◇元は人間で、人間の言葉がわかるから、悪口や手柄話は禁物。熊と呼ばれるのを嫌うから、おやじとかお袋、親方、じいさん、ばあさんなどと呼ばなくてはならない。
◇元は人間だから、猟師に殺されることによって毛皮から解放され、本来の姿に戻ることができ、熊もそれを望んでいる。
◇甦りは骨によって行われるので、熊の骨、とくに頭骨はたいせつに保全しなくはならない、
と、されているそうです。


現在では、イオマンテは北海道釧路、阿寒湖で、イオマンテの火祭りとして観光化され、実施されています。

なお、東北地方などの狩猟集団マタギも、簡易な熊祭を行うことがあるそうです。

イヨマンテは北海道旭川で昭和二十二(1947)年から行われており、後に旭川冬まつりとなりましたが、熊祭りは現在では廃止され、雪像のお祭りとなっています。

現在ではイオマンテの火まつりとして、阿寒湖温泉で毎年秋にイベントが行われています。

イヨマンテ(熊祭)の夜

イヨマンテ(熊祭)の夜

作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、唄:伊藤久男


アホイヤーラハハ……ラハハ……イヨマンテー


イヨマンテ 燃えろかがり火

ああ満月よ 今宵熊祭り

躍ろうメノコよ

タムタム太鼓が鳴る

熱き唇我によせてよ


イヨマンテ 燃えろひと夜を

ああ我が胸に 今宵熊祭り

可愛いメノコよ

部落(コタン)の掟やぶり

熱き吐息を我に与えよ


ラハアアア ラハハハアアアー

ラハハアアホイヤ

アホイヤイヨマンテ

案内

阿寒町イオマンテの火まつり

開催日時 2011年9月1日~11月末まで。

開催場所 釧路市阿寒町阿寒湖温泉、アイヌコタン内特設会場

主催・問い合わせ先

イオマンテの火まつり実行委員会 0154-67-2254(阿寒観光協会)