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十一月の行事ー神様と縁結びのお話。
 
   怪力の系譜、その四。
    三回にわたって水辺の女性の呪力、「大力」を書いてきましたが、最後に、別の形の「大力」、元興寺の道場法師のお話です。
  「雷(いかづち)の憙(むがしび)を得て子を生ましめ強き力在る縁(ことのもと)。」
      ※憙(むがしび)=よろこび
    敏達天皇の御世に、尾張国阿育知郡(あゆちのこおり)片輪里(かたわのさと)に、一人の農夫がありました。

  田を作り水を引く時に、小雨が降り出しました。農夫は木の陰にクワを立てて休みました。 するとゴロゴロと雷が鳴り出し、驚いた農夫はクワを振り上げました。【今だと雷直撃ですが、当時は雷を攻撃するのは鉄器を用いる、と考えられていたそうです。この場合、農夫はクワを振り上げて雷に立ち向かった、が正しいようです。】 すると、雷が農夫の前に落ちてしまいました。

  雷は小さな子になり、農夫を恐れて縮こまっていました。 農夫がクワを振り上げて雷を打とうとすると、雷は叫びました。 「助けてくれ、助けてくれたなら、その恩に報いよう。」 農夫は「何をしてくれると言うんだ?」と尋ねました。 雷は「お前に依りて、強い子を生もう。」と答えました。 「俺のために楠の船をつくって、その中に水を入れ、竹の葉を浮かべてくれ。」 農夫は雷の言うように船をつくり水を入れて竹の葉を浮かべてやりました。 雷は「近くに寄らないでくれ。」と言って農夫を遠ざけました。 すると体がぼやけたように薄く見えたかと思うと霧のように天に昇って行きました。

  しばらく後に農夫には男の子が生まれました。 男の子は頭に蛇を二回り、頭と尾を尻の方へ垂れて生まれてきました。【水を支配する者である事を現してるそうです。】 


  男の子は成長し、十才余りとなりました。
  朝廷(みかど)には力人(ちからびと)がいると聞いて、力試しをしてみようと、大宮の辺りに来て、その人はどこにいるのだろう?とさがしていました。

  大宮の東北の別院に力の優れた皇子が住んでいました。 別院の東北の角には人より大きな高さ、幅の四角い岩があり、皇子は門から出るとその岩を持ちあげ投げ、そして門の中に入りました。 男の子はその様子を見て「この方が名の有る力人だ。」と思いました。

  男の子は夜になって誰もいなくなると、皇子のやったように岩を持ち上げ投げました。 その岩は皇子の投げたより一尺遠くに飛びました。
  翌朝、皇子はこの岩を見ると、手を打ち指を揉みほぐし、岩をもって遠くへ投げようとしましたが、いつものようにしか投げられませんでした。
  その夜、男の子はまた岩を持ち上げ、今度は二尺遠くへ投げました。 皇子はまた岩を投げましたが、やはりいつものようにしか投げられませんでした。 男の子はその夜また石を投げ、三尺遠くに投げました。

  朝になって皇子はまた昨日より遠くに投げられている岩をみてう〜んと唸りました。 一体どこの誰が私と力比べをしているのだろう? 良く見るとは地面に足跡が三寸めり込んでいました。 その足跡は小さなものでした。 皇子はその後を見て、「これは子供の足跡ではないか。」と思い当たりました。

  皇子は側に男の子がいるのに気がつきました。 そして捕まえようと男の子の側に近づくと男の子は逃げ出しました。 皇子は男の子を追いました。 男の子が生け垣をすり抜けると、皇子は飛び越えました。 すると男の子はくるりと向きを変え、生け垣をまたくぐり、逃げました。 皇子はついに男の子を捕まえる事が出来ませんでした。
「私より力の強い子供か。」
 皇子はもう追う事をしませんでした。



  男の子は少年となり元興寺の童子となりました。

  有る時元興寺では鐘堂(しょうどう)の夜番の童子が亡くなる事件が起こりました。 病気なのか、誰がに殺されたのか、そしてその夜、また鐘堂で童子が亡くなったのです。

  これは鬼の仕業ではあるまいか?元興寺では僧が集まり相談しました。 この時少年が進み出て、「自分が鬼を捕まえて戒め、この災いを止めます。」と願い出ました。 僧たちもこの少年が人並みはずれた力の持ち主で、また勝る者もいない事から、少年の願いを許しました。

  少年は鐘堂の四隅に灯を置き、それぞれに人を付け、「自分が鬼を捕まえたら、皆、灯の覆いをとって照らしてくれ。」と言いました。

  少年はそのまま鐘堂の戸の所に座り、夜を待ちました。 夜半になり、鬼がやって来ました。 そして少年をのぞいて見ると、何もせずに、そのまま立ち去ってしまいました。 少年が不思議に思っていると、鬼は再びやって来て鐘堂の中へと入って来たのです。 少年はすかさず鬼の髪を掴みました。 驚いた鬼は逃げようとしましたが、少年ははなしません。
「覆いを取って、灯をつけてくれ!」 少年は叫びましたが、恐れて誰も覆いを取れませんでした。 しかたなく少年は鬼を引きづりながら、自分で四隅の覆いを一つずつ取っていきました。 鬼は暴れ狂い、自分の髪を引きはがして逃げました。

  朝になり、髪が剥がれた鬼の頭からしたたり落ちた血の後をつけていくと、 その寺にいた奴(やっこ)の墓に行き当たりました。 さてはこの奴が悪鬼となったかと寺の者一同さとりました。



  少年は優娑塞となり、そのまま元興寺に暮らしました。 優娑塞は大きくなってもまだ童子のように小さなままでした。

  有る時、寺が田を作り水を引こうとした所、諸王達が邪魔をして水門を塞いで水を入れさせませんでした。 優娑塞は僧たちに「自分に水を引かせてください。」と願い出ました。 優娑塞は十人でやっと持てるようなスキの柄を作らせ、それを持って水門へと出かけました。 そして水門を開け、その下に柄を突き立て、水門を閉められないようにしました。

  諸王達はスキの柄を引き抜くとまた水門を閉じました。

  優娑塞は今度は百人で引くような大きな岩を持っていき、水門を開け挟み込むと、水を寺の田に入れました。 諸王達は優娑塞を恐れもう邪魔をする事はありませんでした。 この寺の田では水が涸れず、よく稲が実りました。

  寺の僧たちは皆々話しあい、この優娑塞を出家得度させ、道場法師と名づけました。

         「日本霊異記 上巻 第三。」

   
 
  柳田国男氏によれば雷は水神だそうです。
  水神は金属を恐れるため、農夫が鍬をつき出したため、神通力を失い、地に落ちたのだと考えられています。 また、落雷のあった場所に青竹を立てて注連縄をはる行事があったそうで、そうする事で雷獣を昇天させるのだとも考えられています。
  この道場法師の場合は雷の力を授かった少年、水神から力を得た少年で、それが孫娘へと引き継がれる所は、日本には、水神ー女性(巫女)ー呪力という考えが、連綿と続いているのだという事でしょうか。
  ◆補記
  ◇鬼の頭皮。
 元興寺の寺宝として名高く、この説話と共に広く知られています。 が、「元興寺縁起(元興寺伽藍縁起)」などには記述が無く、存在しません。 あればDNA鑑定をして・・・亡くなった奴(やっこ)のDNAがわかるだけかも。
◇優娑塞。
 五戒を受けた在俗信者。 寺院の雑用を行う場合が多い。
◇霊異記中では雷よりの力との記述は無く、「前世での善き縁を修めたため。」とされています。 雷も雷神ではなく只の雷扱いです。