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七月-羽衣伝説と異類結婚譚。
 
  奈具の社(やしろ)。
    羽衣伝説のもっとも典型的なものの一つ「奈具の社(やしろ)。」では、天女は妻とならす、老夫婦の娘となります。羽衣自体も天女の元にあるのに、そのまま地上に留まり、老夫妻の所で酒を造り富裕にするのですが、追い出されて放浪してしまうと言う、むごいお話です。
  また物語としても特異な作品です。当時としては話の筋を書くのが中心ですが、このお話では登場人物の人物の性格や考えを描き、人間のエゴや欲望、逆に天女の純真さにテーマが置かれています。
  この作者、生まれるのが三百年早かったかも。
  「奈具の社(やしろ)。」 
 

  丹後(たにはのみちおしり)の国の風土記に曰く、丹後の国丹波の郡、郡家(こおりのみやけ)の西北(いぬい)の隅の方(かた)に比治の里あり。此の山の比治山の頂に井あり、その名を間奈井(まない)と云う。今はすでに沼と成れり。この井に天女(あまつおとめ)八人降り来て、水浴(みかはあ)みき。

  時に老夫婦あり。 其の名を和奈佐の老父(おきな)、和奈佐の老女(おみな)と曰う。此の老達(おきなら)、此の井に至りて、竊(ひそか)に天女一人(あまつおとめひとり)の衣装を取り蔵(かく)しき。

やがて衣裳(きもの)ある者は皆天に飛び上りき。但(ただ)、衣裳なき女娘(おとめ)一人留まりて、すなわち身は水に隠して、獨(ひとり)懐愧(は)ぢ居りき。 爰(ここ)に、老夫(おきな)、天女(あまつおとめ)に謂ひけらく、「吾は兒なし。請ふらくは、天女娘(あまつむすめ)、汝、兒と爲りませ」といひき。

天女(あまつおとめ)、答えけらく、「妾(われ)獨(ひとり)人間(ひとのよ)に留まりつ。 何ぞ敢へて従わざらむ。請うらくは衣裳を許したまへ。」といひき。

老夫(おきな)、「天女娘(あまつおとめ)、何(いかに)ぞ欺(あざむ)かむと存(おも)ふや。」
と曰えば、天女(あまつおとめ)の云ひけらく、「凡て天人の志は、信を以ちて本と爲す。何ぞ疑心多くして、衣裳ゆるさざる?」といひき。

老夫答へけらく、「疑多く信なきは卒土(ひとのよ)の常なり。 故、此の心を持ちて、許さじと爲(おも)ひしのみ。」といひて、遂に許して、すなわち相副(あいたぐ)へて宅(いえ)に往き、すなわち相住むこと十餘歳(ととせあまり)なりき。

爰(ここ)に、天女(あまつおとめ)、善く酒を噛み爲りき。一坏(ひとつき)飲めば、吉(よ)く万(よろず)の病除(い)ゆ。その一坏の直(あたひ)ほ財(たから)は車に積みて送りき。時に、其の家豊かに、土形(ひじかた)富めりき。 故(かれ)、土形(ひじかた)の里と云ひき。此を中間(なかつよ)より今時(いま)に至りて、便ち(すなわち)比治(ひじ)の里と云ふ。

後、老夫婦等(おきなおみなら)、天女(あまつおとめ)に謂ひけらく、「汝は吾が兒にあらず。 しまらく借に住めるのみ。 早く出(い)で去(ゆ)きね。」といひき。

ここに、天女(あまつおとめ)、天を仰ぎて哭慟(なげ)き、土に俯(うつぶ)して哀吟(かな)しみ、やがて老夫達に謂ひけらく。「妾(あ)は私意(わがこころ)から來つるにあらず。 是(こ)は老夫達(おきなら)が願へるなり。 何ぞ厭惡(いと)ふ心發(おこ)して、忽(たちまち)に出(いだ)し去(す)つる痛きことを存(おも)ふや。」といひき。

老夫(おきな)、ますます發瞋(いか)りて去(ゆ)かむことを願(もと)む。天女(あまつおとめ)、涙を流して、微(すこ)しく門(かど)の外(と)に退(しりぞ)き、郷人(さとびと)に謂ひけらく、「久しく人間(ひとのよ)に沈みて天(あめ)に還(かえ)ることを得ず。復(また)、親故(したしきもの)もなく、居(を)らむ由(すべ)を知らず。吾(われ)、何(いか)にせむ、何(いか)にせむ。」といひて、涙を拭ひて、嗟歎(なげ)き、天を仰ぎて哥(うた)ひしく、

    天の原 ふり放(さ)け見れば、
    霞立ち 家路まどひて 行方知らずも。

 ついに退き去きて荒鹽(あらしお)の村に至り、すなわち村人達に謂ひけらく、「老父老婦(おきなおみな)の意(こころ)を思えば、我が心、荒鹽(あらしお)に異なる事なし。」といへり。仍りて比治の里の荒鹽(あらしお)の村といふ。

 亦(また)、丹波の里の哭木の村に至り、槻の木に據りて哭きき。故(かれ)、哭木(なきき)の村と云ふ。

 復(また)、竹野(たかの)の郡(こおり)船木の里の奈具(なぐ)の村に至り、すなわち村人達に謂ひけらく、「此處にして、我が心なぐしく成りぬ。」といひて、乃(すなわち)此の村に留まり居りき。斯(こ)は、謂はゆる竹野(たかの)の郡(こおり)の奈具の社に座(いま)す 豐宇賀能賣命(とようかのめのみこと)なり。

           「奈具の社ー丹後の国、風土記。」

   
    「奈具の社。」は、現在船木にありますが、もとあった奈具村、旧船木村は、嘉吉年間の洪水で消失したそうです。

  作中には、はっきり示してありませんが、天女は長い間地上に留まったため、天に還る力を失った、と考えられています。

  お爺さんやお婆さんがなぜ天女を追い出したのか? 異能の力を持つ者がそばにいると、自分の存在意義が無くなるのかも知れません。お金が有り余るほどあるのに、自分たちは長者と呼ばれる事なく、天女の技ばかりがもてはやされる。
  天女は追われ、どこにも行くあてもなく、自分を知る人もいない、彼女がもたれて泣くのは人ではなく槻の木であり、心を休めるのはだだ歩く事のみ。荒潮のようなざらざらした心が、もとの海のようになった時、地上はどう見えたのでしょうか?

  天女は白鳥、白鳥は穀物神。 天女は遂に天上に戻らず、いまも奈具の社に住まい、豐宇賀能賣命、豐受神(とようけかみ)穀神となります。
  天女は人との約束を守り、ひどい仕打ちを受けても、地上に残って穀物神となり、人の世に幸せを撒き育て、穀物の生長を見守っています。
  ◆補記
  ◇今昔物語集巻二十六の一に同話、扶桑略記巻四、水鏡中巻にも同話。

◇式内社奈具神社(京都府宮津町弥栄町)
http://www.genbu.net/data/tango/nagu_title.htm
◇丹後の伝説。
http://www.geocities.jp/k_saito_site/motoise.html#hagoromod1
◇羽衣伝説のHP集
http://astro.ysc.go.jp/izumo/tennyo.html

◇槻の木

  槻はケヤキの古語。 弓に使う。 ちなみに篠は矢の材料、自分のペンネームの由来です。 わーい、天女に泣きつかれたぞ〜〜〜、よしよ〜し(違うかも)。
http://www.hana300.com/keyaki.html
http://elekitel.jp/elekitel/nature/2002/nt_10_keyaki.htm
http://www.wood.co.jp/wood/m174.htm