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七月-羽衣伝説と異類結婚譚。
 
  伊香の子江、三保の松原。
    「伊香(いかご)の子江。」は、羽衣伝説のもっとも典型的なお話です。
  これは「風土記」中の記事とされ、それが事実なら最も古い記録となるのですが、「帝王編年記」という十四世紀初頭頃の書の「養老七年条」のものなので、確実に奈良時代のものとは言えない、とされています。

 「伊香(いかご)の子江」はいろんな型を内包しており、
  天女と人間の結婚と言う事で、異類結婚譚。
  神と人間の結婚と言う事で、神婚説話。
  神が白鳥に化すという点で、白鳥処女伝説。
  天の羽衣が重要な意味を持っている点で、羽衣伝説。
  神の浦という地名の由来となっているので、地名起源伝説。
  伊香連の一族の始まりを語っているので、始祖伝説と、
  いろんなタイプが重なったお話と見られます。

  伊香の子江は、琵琶湖を大江とするのに対しての「子江」、 余呉(よご)湖を言います。
  「伊香(いかご)の子江。」 
 
  古翁(ふるおきな)の傳えて曰(い)えらく、子江の国伊香の郡。與呉の郷。伊香の子江。里の南にあり。

  天の八女(やおとめ)、倶(とも)に白鳥となりて、天より降りて、江(うみ)の南の津に浴(かわあ)みき時に、伊香刀美(いかとみ)、西の山にありて遥かに白鳥を見るに、その形奇異し。

  因(よ)りて若(も)し是(こ)れ神人(かみ)かと疑ひて、往きて見るに、實(まこと)に是れ神人なり。

  ここに、伊香刀美、やがて感愛を生じて得還り去らず。竊かに白き犬を遣りて、天羽衣を盗みと取らしむるに、弟(いろと)の衣を得て隠しき。天女(あまつおとめ)乃(すなわ)ち知(さと)りて、其の兄七人(いろねななたり)は天上(あめ)に飛び昇るとに、其の弟(いろと)一人は得飛び去らず。

  天路(あまじ)長く塞(とざ)して、即ち地民(くにつひと)とな爲りき。天女(あまつおとめ)の浴(かわあみ)し浦を、今、神の浦と謂う、是なり。伊香刀美、天女の弟女と室家(をひとめ)と成りて此慮に居(す)み、遂に男女を生みき。男二人たり、女二人たりけり。

  兄の名は意美志留(おみしる)、弟の名は那志刀美(なしとみ)、娘は伊是理毘売、次の名は奈是理毘売、此は伊香連達が先祖(とおつおや)、是なり。

  後に母、すなわち天羽衣を探し取り、着て天に昇りき。伊香刀美、一人空しき床を守りて、口金詠(ながめ)することやまざりき。
  
           「伊香(いかご)の子江。」 
   
    このお話を典型とした羽衣伝説は、天人女房型の昔話へ、貴種流浪譚、報恩譚、難題婿、七夕伝説などを取り込み、さまざまな形に発展していきます。貴種流浪譚を取り込んだものは「奈具の社」、「竹取物語」へ、また謡曲「羽衣」へと続きます。
  「羽衣。」
 
    現在のシナリオ形式になっていますので、ちょい読みにくいですよ。
  登場人物
    天人    (シテ)
    漁夫・白竜 (ワキ)
    同行の漁夫 (ワキ連)
    注、「二人」と書いてある場合は白竜と仲間、
    「地」「次第」となっている場合は後で歌ってる方たち、
    ナレーションみたいなものだと思ってください。

  舞台正面先の、作り物の松の木に羽衣が架けてあり、
  「一声」の囃子の後、漁師、白竜と仲間の男が舞台に登場する。
二人:「風早の、三保の浦曲(うらわ)を漕ぐ舟の、浦人騒ぐ波路かな。」
白竜:「これは(私は)三保の松原に、白竜と申す漁夫にて候。」
二人:「萬里の好山(こうざん)に雲忽ちに起こり、一楼の名月に雨はじめて晴れり、
    げにのどかなる時しもや、春の気色(けしき)松原の、波立ち続く朝霞、
    月も残りの天の原、及びなき身の眺めにも、心空たる気色かな。」
二人:「忘れめや、山路を分けて清見潟(きよみがた)、遙かに三保の松原に、
    立ち連れいざや通わん、立ち連れいざや通わん。」
二人:「風向かふ、雲の浮き立つと見て、雲の浮き波立つと見て、
    釣りせで人や帰るらん、
    待て暫し春ならば、吹くものどけき朝風の。
    松は常磐の声ぞかし、波は音無き朝凪ぎに、
    釣り人多き小舟(おぶね)かな、釣り人多き小舟かな。」


  仲間の男は脇奥に着座。
  白竜は松の木に架けてある羽衣を手に取る。
白竜:「われ三保の松原に上がり、浦の気色を眺むるところに、
    虚空に花降り音楽聞こえ、
    霊香(れいきょお)四方(よも)に感ず、
    これ只事とは思わぬところに、これなる松に美しき衣架かれり、
    寄りて見れば色香(いろか)妙(たえ)にして常の衣にあらず、
    いかさま(なにはともあれ)取り帰りて古き人にも見せ、
    家の宝となさばやと存じ候。」

  天人、幕から呼びかけながら登場。
天人:「のう(のお)その衣はこなた(私)のにて候ふ 
    なにして召され候ふぞ。」
白竜:「これは拾いたる衣にて候ふ程に取りて帰り候ふよ。」
天人:「それは天人の羽衣とて、た易く人間に与うべき衣にあらず、
    もとのごとくに置き給へ。」
白竜:「そもこの衣のおん主とは、さては天人にてましますかや、
    さもあらば末世の奇特(きどく)に留め置き、
    国の宝となすべきなり、衣返すことあるまじ。」
天人:「悲しや羽衣なくては飛行(ひぎょお)の道も絶え、
    天上(てんじょお)に帰らんこともかな(かの)ふまじ
    さりとては返し賜(た)び給へ。」

  ナレーションを白竜と天人の語りでする形で、
白竜:「このおん言葉を聞くよりも、いよいよ白竜(はくりょお)力を得、
    もとよりこの身は心なき、天の羽衣取り隠し、
    かなふ(のお)まじとて立ち退けば、」
天人:「今はさながら天人も、羽なき鳥のごとくにて、」
白竜:「上がらんとすれば衣なし、」
天人:「地にまた住めば下界なり、」
白竜:「とやあらん かくあらんと悲しめど、」
天人:「白竜(はくりょお)衣を返さねば、」
白竜:「力及ばず、」
天人:「せんかたも。」
地 :「涙の露の玉鬘 插頭(かざし)の花も しをしをと、
    天人の五衰も目の前に見えて あさましや。」
天人:「天の原 ふりさけ見れば霞立つ 雲路惑ひて 行くへ知らずも。」
地 :「住み慣れし 空にいつしか行く雲の 羨ましき気色かな。」
地 :「迦陵頻伽の慣れ慣れし、迦陵頻伽の慣れ慣れし、
    聲(こえ)今さらに僅(はつ)かなる、
    雁がねの帰り行く、天路(あまじ)を聞けば懐かしや。」
    千鳥かもめの沖つ波、行くか帰るか春風の、空に吹くまで懐かしや、
    空に吹くまで懐かしや。」

  白竜は着座、天人立ち、脇から羽衣をもらって、羽衣を着るシークエンス。
白竜:「おん姿を見奉れば、あまりにおん痛はしく候ふほどに、
    衣を返し申しさうずるにて候。」
天人:「あら嬉しや さらばこなたへ賜はり候へ。」
白竜:「暫らく、承り及びたる天人の舞楽、只今ここにて奏し給へば、
    衣を返し申すべし。」
天人:「嬉しや さては天上に帰らんことを得たり、
    この喜びにとてもさらば、人間の御遊(ぎょゆう)の形見の舞、
    只今ここにて奏しつつ、世の憂き人に傳ふべし
    さりながら 衣なくてはかなふ(のお)まじ、
    さりとては まづ返し給へ。」
白竜:「いやこの衣を返しなば、舞曲(ぶきょく)をなさでそのままに、
    天にや上がり給ふべき。」
天人:「いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを。」
白竜:「あら恥ずかしや さらばとて、羽衣を返し与ふれば、」
  天人、羽衣を着ながら、
天人:「少女(おとめ)は衣を着(ちゃく)しつつ、
    霓裳羽衣(げいしょうおうい)の曲をなし、」
白竜:「天の羽衣風に和(わ)し、」
天人:「雨に潤ほふ(おお)花の袖、」
白竜:「一曲を奏(かな)で、」
天人:「舞ふ(もお)とかや。」
地 :「東遊(あずまあそび)の駿河舞(するがまい)、東遊の駿河舞、
    この時や始めなるらん。」


地 :「それひさかたの天といつぱ、二神出世(にじんしゅっせ)のいにしへ、
    十方世界を定めしに、空は限りもなければとて、
    ひさかたの空とは名付けたり。」
天人:「しかるに月宮殿(げつきうでん)の有様、
    玉斧(ぎょくふ)の修理(しゅり)とこしなへにして、」
地 :「白衣黒衣(びゃくえこくえ)の天人の、
    数を三五(さんご)に分かつて、
    一月夜夜(いちげりやや)の天少女(あまおとめ)、」
天人:「われも数ある天少女、」
地 :「月の桂の身を分けて、假(かり)に東の駿河舞、世に傳えたる曲とかや。」
地 :「春霞(はるがすみ)、棚引きにけり ひさかたの、
    月の桂の花や咲く、げに花蔓(はなかずら)、色めくは春のしるしかや、
    面白や天(あめ)ならで、ここも妙なり天つ風、
    雲の通(かよ)ひ路(じ)吹き閉ぢよ、
    少女(おとめ)の姿、暫し留まりて、この松原の、
    春の色を三保が崎、月清見潟富士の雪、いずれや春の曙(あけぼの)、
    類(たぐ)ひ波も松風も、のどかなる浦の有様。
    その上(うえ)天地(あめつち)は、なにを隔てん玉垣の、
    内外の神の御末(みすえ)にて、月も曇らぬ日の本(ひのもと)や。」
天人:「君が代は、天の羽衣 稀(まれ)に来て、」
地 :「撫づとも尽きぬ巌(いわお)ぞと、聞くも妙なり東歌(あずまうた)、
    聲添へて数々の、簫(しょお)笛(ちゃく)琴(きん)箜篌(くご)、
    孤雲(こうん)のほかに満ち満ちて、落日の紅は、
    蘇命路(そめいろ)の山をうつして、緑は波に浮島が、
    払う(はろお)嵐に花降りて、げに雪を回らす、白雲の袖ぞ妙なる。」
天人:「南無帰命月天子(なむきみょうがってんし)、
    本地大勢至(ほんじだいせいし)。東遊(あずまあそび)の舞の曲。」

  天人、序の舞を舞う。
天人:「あるひは、天(あま)つみ空(そら)の、緑の衣、」

  天人、破の舞を舞う。
地 :「または春立つ、霞の衣、」
天人:「色香も妙なり、少女(おとめ)の裳裾(もすそ)、」
地 :「左右左(さいうさ)、左右(さいう)颯々(さっさ)の、
    花を插頭(かざし)の、天(あま)の羽袖(はそで)、
    靡(なび)くも返すも、舞の袖。」
地 :「東遊の、数々に、東遊の、数々に、
    その名も月の、宮人は、
    三五夜中(さんごやちゅう)の、空にまた、
    満願真如(まんがんしんにょ)の、影となり、
    ご願(がん)圓満、国土成就、七宝充満の、宝を降らし、
    國土にこれを、施し給ふ(たもお)、
    さるほどに、時移って、天の羽衣、浦風に棚引き棚引く、
    三保の松原、浮島が雲の、愛鷹山(あしたかやま)や、
    富士の高峰(たかね)、幽(かす)かになりて、
    天(あま)つみ空(そら)の、
    霞に紛(まぎ)れて、失(う)せにけり。」

           「謡曲、羽衣。(作者不詳)」。
   
 
  舞台は三保の松原。
  「羽衣」での天女は他のお話とは違い、羽衣を得た漁師白竜は天女に結婚も求めず、天女に羽衣を返し、天女は祝福の舞いを舞い納めて天に戻ると言う幻想的な物語になっています。

  ここでの天女は天女でも月宮殿の天人、かぐや姫のお友達ですね。
  天の川の側、月の宮、昔の方達は天上をどこだと考えられていたのでしょうか?

  ◆補記
  今昔物語集巻二十六の一に同話、扶桑略記巻四、水鏡中巻にも同話。
「謡曲、羽衣。」
 岩波書店ー日本古典文学体系 謡曲集下 P326
◇「
白衣黒衣の天人の、数を三五に分かつて、一月夜夜の天少女」
 白衣と黒衣の天人が、十五人づつに分れ、一月の間の夜ごとに、定まった役を奉仕している。