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六月-海と水辺の物語。
 
  蟹甲石の伝説。
    「蟹淵」の蟹は退治されてそのままで、たぶん水神としての性質が安長姫と大蟹に別れ、悪い面が退治された事になったものと思われます。
  もともと蟹は水神の性質を持っています。 日本霊異記・中巻・第八縁では、蟹は海の蟹で、老人が売っているのを、主人公に助けられます。 この老人は海の神、塩土老翁(しおつちのおじ)と、考える事が出来、蟹が海神の化身と考えられるのです。
  それが日本霊異記・中巻・第十二縁では川の蟹となり、海神から水神へと性質が変わり、蟹満寺縁起では観音様のお使いと、またまた性質が変わっているのです。 
  昔話になると蟹は怪物として扱われる事が多くなります。退治された後、安長姫のように「雨乞い。」を叶える石となり、わずかに水神としての性質を残して語られているようです。

  「蟹甲石。」 
    輪島の稲舟の川に、臆病な蟹が一匹、すんでいました。

  その蟹は、人に見つからないよう、子供に捕まらないようしていましたがいたずらな子供たちは、蟹を見ると石を投げたり、棒で追い回したりして、そのたびに蟹はあっちへウロウロ、こっちにウロウロ、川の中を逃げまわりました。

  臆病な蟹は、怖くて怖くてしかたありませんでした。 石が当たったらどうしよう? 棒でつつかれたら手足がもげないかな? 蟹はもっと静かな所で行きたいと、川の上流へと登って行きました。

  何日も何日も、辺りの様子をうかがい、誰もいないとわかると、カサカサ、カサカサすすみました。 急な流れの所は石にしがみつき、ゆっくりゆっくりすすみました。

  幾日も川を登り続け、ある日、蟹は石組みで出来たちょうど良い穴を見つけました。 ああ、ここなら誰にも見つからず静かに暮らせると、蟹はその穴の中に入って行きました。 そしてぐっすり、生まれて初めてぐっすり眠ったのです。

  突然、水がバシャバシャ音を立てしました。
  蟹が驚いて目をさますと、蟹がいるのを知ってか知らずか、誰かが大根を洗ったり、食べ終わった茶碗を洗ったりしています。 そこは川の水を家の中に引き入れられた洗い場だったのです。 蟹はもうどこにも逃げられませんでした。 この石組みの穴の中で、飢えて死ぬのを待つばかりでした。

  蟹が観念していると、不思議な事に水の上からお米がパラパラ落ちてきました。 蟹はそのお米を口にしてみました。 それは蟹が初めて食べるものでしたが、苔や虫や小さな魚より、おいしいものでした。 お米は毎日、蟹の前にパラパラ落ちてきました。

  誰が落として行くんだろう? 蟹はそっと顔をのぞかせました。 水の上にゆらゆらお婆さんの顔が見えました。 蟹は驚いて顔を引っ込めました。
「怖がらなくていいんだよ、つかまえたりしないからね。」
お婆さんが何か言いました。 何を言っているのかわかりませんでしたが、その声はすこしも怖くありませんでした。

  蟹はお婆さんがお米を落とすと、顔を出してお婆さんの顔を見ました。 水の上に、ゆらゆらお婆さんの顔が見えました。 そして、お婆さんが歩く足音が聞こえると、顔を出しました。 お米が落ちてくると、目の前で食べました。

  蟹はその石組みの穴で静かに静かに暮らし、十年がたち二十年がたち、蟹もいつの間にか年老いて行きました。

  ある日の事です。
  蟹はいつものようにお婆さんを待っていましたが、なかなか現れませんでした。 蟹は石穴から顔をのぞかせ、お婆さんを待ちました。 すると誰かが走る音が聞こえました。 そして大勢の人がバタバタと走り、大きな声を上げました。 蟹はなんだかわからず、じっと身をかがめて、お婆さんのやって来るのを待ちました。

  でも何日たってもお婆さんは来ませんでした。 どんなに待っても、お婆さんはやってきませんでした。
  蟹は決心しました。 会いに行こう。
蟹は石穴の中からごそりと出てきました。 そして石組みを上がるとお婆さんの家へと歩いて行きました。
「お婆さん、お婆さん。」
蟹は爪で戸を叩きました。
「お婆さん、お婆さん。」
お婆さんは出てきません。 何度爪で戸を叩いても出てきませんでした。
「どこかへ出かけたんだろうか?」
蟹は向きを変えると道の方へ出て行きました。

 月明かりのない、暗い夜道でした。 誰かが提灯を手に歩いてきました。
「あの人なら知っているかも知れない。」
蟹は体を起こすと手を振り上げて、「おおい、おおい。」と呼びました。
その人は立ち止まると何を思ったのか、大きな声を上げて逃げて行きました。

  蟹は何が起こったのかわかりませんでした。
蟹は待ちました。 そして誰かが来るたびに「おおい、おおい。」と呼びました。 誰も蟹の側には寄ってきませんでした。 しばらくすると大勢の人たちが連れ立ってやって来ました。 蟹はこれなら逃げないで、誰かお婆さんの事を話してくれるかも知れないと思いました。 蟹は身を起こして「おおい、おおい。」と呼びました。

  ビュンと石が飛んで来て、体にガツンと当たりました。 そして大きな声と一緒に沢山の石が飛んで来て、 蟹の体にガンガンと当たりました。 蟹は昔の事を思い出しました。 恐ろしくて怖くて、蟹は思わず爪を振り降ろしました。 そして、その爪は何人もの人を振りはらったのです。

  蟹の体は人よりも大きくなっていました。

  何人もの人が倒れました。 みんな大きな声を出して逃げて行きました。 蟹も逃げ出しました。 走って走って和郎が谷という所まで逃げました。 そして「おおぉ、おおぉ。」と泣きました。 その声は谷中に響きました。

  雨が降りました。
  ざんざん降りました。
  何日も何日も降りました。
  水は溢れ、谷を下り、村を水浸しにしたのです。
  それでも雨はやみませんでした。


  雨の中を一人の僧が和郎が谷へと歩いてきました。 蟹は声をあげてまだ泣いていました。 僧は蟹のそばに来ると笠をあげ尋ねました。
「お前は、なぜ、村の者を困らせる?」
蟹は答えました。
「困らせた覚えなぞない、石を投げられた覚えならある。」
僧はまた尋ねました。
「それで泣いているのか?」
蟹は「違う。」と体をゆすりました。
僧はけげんな顔で聞き返しました。
「では、なぜ泣くのだ?」
「お婆さんがいなくなってしまった。 探したがどこにも見つからぬ。」
僧は目をつむりました。
「その方は亡くなって村の者に葬られた。」
蟹は驚きました。 そんな事は考えていなかったのです。 ただ、どこかへ行ってしまったのだと思っていました。

  蟹は前よりも激しく泣きました。「わしはお婆さんに何もしておらぬ。」 そう言うと「おおぉ、おおぉ。」と泣きました。 そして、僧に言いました。 「わしは石になろう。 お婆さんを葬ってくれた村の人になんの礼も出来ぬが、雨なら降らす事が出来る。 もし、もし、日照りが続いたら、わしに言え。」
  蟹はそう言うと僧の目の前で石になってしまいました。

  雨はやみました。
 
  僧は石になった蟹をていねいに弔い、去って行きました。
  蟹の石は蟹甲石と呼ばれ、日照りが続いたら雨乞いの祭りがおこなわれました。すると蟹の言う通り雨が降り、そんな事が昭和の始めまで続いたと言う事です。

           「蟹甲石。」
   
 
   このお話は石川県鳳至郡柳田村に伝わる伝説で、僧は弘法大師とされています。
  このお話でも蟹を水神と見る概念があり、雨と結びつけられています。 一般にも蟹が川から上がると雨になるとか、蟹が騒ぐと雨になると言われているようです。

  ふと、なぜこの一群のお話は、蟹で亀じゃないのかな?と思ったんですが、亀は福徳長寿をもたらす存在で、怪物にもなりません。 ウミガメ、リクガメの差もあまり関係がなく、海神の使いではあるけれど、水と言うより、長寿、福徳、富貴繁栄の象徴としてのイメージが強いようです。

  一応亀の甲羅で雨を占う事はあるようです(笑)。
  ◆補記
  ◇石川県鳳至郡柳田村の伝説。
金蔵保生池
http://midori-net.jp/mamezo/yo1208.htm