お話歳時記 お話を見て書いて創るサイト お話歳時記
お話歳時記創作情報デジタルコンテンツメルマガwww.pleasuremind.jp TOP
六月-海と水辺の物語。
 
  蟹淵と安長姫。
    蟹満寺の蟹は霊的存在としてまつられていますが、蛇同様零落して?怪物扱いされていくようになって行きます。今回のお話は大きくなった蟹が怪異を成す、「蟹淵」のお話です。
  「蟹淵と安長姫。」 
    昔、隠岐島の元屋に丹治という樵(きこり)がありました。
  もとは土地持ちの百姓でしたが、水の少ない島のうえに、日照りと不作が続き、ついに土地を手放してしまいました。 力が強いだけが取り柄の男で、山に入って木を切り、何とか暮らしていました。

  ある時、丹治は安長川をさかのぼった奥の滝の後の山の急な斜面でへばりつくように木を切っていると、滝の方から何か変な音がしました。 なんだろう? 丹治が滝の方を見ると、ガシン、ガシンと何かが岩を叩くように歩いて来る音が聞こえてきました。
  丹治は慌ててまわりを見まわしましたが、その音は山の方からも、滝の方からも、あちこちから聞こえて来て、次第に大きくなって来ました。
  丹治は身をかがめて斧をにぎりました。 ふと下を見ると、滝つぼの中に何か大きな黒いものが動くのが見えました。 それは、ゆっくりと丹治の方へ近づいてきました。
  滝つぼに突然波が起こり水柱が上がりました。 丹治は驚いて斧を投げつけました。 するとその斧はがずんと鈍い音を立て、滝の中に落ち、黒いものが沈んでいきました。 そして波の中に大きなトゲの生えた黒いかたまりが浮かび上がり、そのまま流れて行ったのです。

  丹治は何かの魔物だろうか?と恐れ、急いでその場から走り出しました。 すると、どこからか女の声が聞こえてきました。
「待ってください。 怖がらないで、待ってください。」
丹治は後を振り向きました。 そこには丹治がまだ見た事も無い美しい着物を身にまとった、若い姫君が立っていたのです。 その姫君は丹治の投げた斧を持っていました。 丹治はどうした事だろう?と不思議に思っていると、その姫君は丹治に斧をさし出し、話しはじめました。
「私は昔からこの淵にすむ安長姫と申します。 いつの頃からかこの川に大きな蟹が住みつき、我が物顔で川を荒らし、私は昼も夜も苦しめられ、苦しめられていました。」
「先程、あなたがこの斧を投げてくれたおかげで、その蟹は片方の腕を切り落とされ弱っています。 しかし、まだもう一方の腕が残っていて、私は安心する事が出来ません。 どうかこの斧を今一度投げ、蟹を退治してくださいませんか?」
  丹治はあの蟹が恐ろしくてたまりませんでしたが、この美しい水の神様を助けたいと承知しました。

  丹治は引き返し、斧を持って滝の奥の山へ登り、急な斜面で大蟹の出てくるのを待ちました。 太陽が真上に昇り、西へかたむき、一瞬風が止まりました。 淵のそこに何か大きな黒いものが動いたのです。 そして朝と同じようにガシン、ガシンと大蟹の歩く音が、だんだん大きく近づいて来ました。
  丹治は斧を構えました。 大蟹が水から出てきたら、斧を投げようと決めていたのです。 水面が波立ちました。 「来た!」丹治はそう思いました。
  しかし朝のように波柱は立たず、ガシンと言う音と共に、切り立った斜面がぐらぐら揺れたのです。 大蟹が残った爪で、丹治を斜面から落とそうと、叩いたのでした。 丹治は思わず側にあった木に腕を伸ばしました。 しかし足場は崩れ、両手でしがみつかないと、丹治は今にも落ちてしまいそうでした。
  大蟹はガシン!ガシン!と叩き続けました。 斜面はぐらぐら崩れ、丹治は木もろとも落ちてしまいそうでした。 石がバラバラと落ちて行きました。 そして大きな岩がぐらり、斜面の上から滑るように落ちて行きました。 その岩は滝の中にいる大蟹にドンとぶつかったのです。
「斧を!」
丹治に声が聞こえました。 丹治は木にしがみついたまま大蟹めがけて斧を投げました。 斧は滝壺めがけてビュオンと落ちて行きました。  そしてその斧をすっと何かの手がつかむと、そのまま水の中へ飛び込んで行ったのです。
丹治は滝壺をじっと見つめました。
小石がパラパラと落ちて行きました。

滝の底からブクブクと泡が立ち上りました。
そしてその中に大きなトゲのある爪がぷかりと浮かぶと、朝と同じように流れて行きました。
  
  丹治は斜面を降り、岩の上から滝を見下ろしました。 すると横に、斧を持った安長姫が現れました。
「ありがとうございました。 あなたのおかげで大蟹を退治する事ができました。 何か望みはありませんか?」
丹治は少し考えると、「この島は日照りが続くと水が無くなる小さな島じゃ。どうか村の衆が困らぬよう水をおつかわしください。」と、答えました。
「わかりました。 水の心配はいりませぬ。これから先は私があなたをお守りしましょう。」
安長姫はにっこり笑うと消えてしまいました。

  次の日、海に一丈もある死んだ大きな蟹が浮かび、村のものは丹治の言っていた事は本当だったとあちこちで話しました。 それから村では川を安長川と呼んで、滝の側で安長姫を祀りました。
  それから日照りが続くと、滝の側で安長姫に雨乞いをしました。
 すると必ず雨が降ったと言う事です。

           「蟹淵と安長姫。」
   
    怪物化した蟹のお話は各地に残っています。 このお話では水の神と怪物蟹となっていますが、怪物化した蟹も退治されると、本来の霊的存在となり、水の神様として祀られる事もあるようです。
  ◆補記
  ◇蟹淵と安長姫。 隠岐周吉郡(すきぐん)のお話。
◇一丈。 約三メートル。