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六月-海と水辺の物語。
 
  蟹満寺縁起。
    蟹は古来、霊性をもった生物と考えられていました。
水陸両棲、その形、子を抱いて育てる習性、そして脱皮をして成長する事から、霊的な力を持つと考えられていたようです。今回のお話は、蟹を助けた娘が、蟹によって救われるというお話です。
  「蟹満寺縁起。」 
    今は昔、山城の国久世の郡に住む者があり娘がありました。
  娘は七才の頃より観音経を習い読誦し、毎月十八日には身を清め観音菩薩を念じ拝みました。十二歳になる頃、ついに法華経一部を習い覚えました。幼い心ではありましたが、慈悲深く人を想い、悪い心など起こす事もありませんでした。
娘はある時、家を出て遊びに行きました。そして、蟹を荒縄で縛り歩いて行く者とあいました。蟹は足を縛られ、苦しそうに泡をブクブク出していました。
「その蟹をどうするおつもりですか?」
「帰って食べるんだよ。」
娘は悲しそうな顔で言いました。
「私の家にはもう死んでしまった魚が沢山あります。食べるならその魚を差し上げますから、その蟹を放してやっていただけませんか?」
男はしばらく考えると娘に蟹を渡しました。
「そうだの、食べるなら魚の方がよい。 この蟹はあんたが放してやりなされ。」
娘は家に帰って魚を持ってくると男にさし出し、蟹を川へ持って行き話してやりました。

  その頃、娘の父は田んぼに出ていました。するとあぜを大きなものがザザザッと走りました。父が驚いて見ると、それは大きな毒蛇で、田んぼいた大きな蛙を飲もうと追っていたのでした。毒蛇はあっという間に蛙に巻きつくと大きな口を開けて蛙を呑み込もうとしました。
父は慌てて止めに入りました。
「待て、待ってくれ。 その蛙を許してやってくれんか?」
毒蛇は父をちらっと見ましたが、毒蛇はまた大きく口を開けました。
「もし許してくれるなら、お前を私の婿にしよう。 どうじゃ?」
父は言った後、しまったと思いました。毒蛇は父の顔をじっと見つめると蛙をはなし、薮の中へと帰って行きました。
「・・・わしはなんと言う事を言ってしまったのじゃ。」
父は家に帰ると何も食べず、打ちひしがれて部屋の奥に入ってしまいました。
娘と母は父の様子がおかしいので、父の側に行くと娘は、
「お父さん、ものも食べず、何か心配事でもあるのですか?」と尋ねました。
父は娘の言葉に肩を落とすと、田んぼであった出来事を話しました。
「わしはつまらぬ事を言ってしまった。」
娘は父に「心配しないで、御飯を食べてください。」と、何事もなかったように言いました。父は娘の言葉に安心したのか、やっといつものように食事を取りました。

  その夜、午後十時頃の事です。家の門をたたく音がしました。父はあの毒蛇が来たのではないかと、娘にどうするつもりなのか?と尋ねました。
娘は「もう三日たってからおこしください、と伝えて。」と父に言いました。
父は恐る恐る門を開けると、そこには赤い服を着た男が立っていました。
「今朝方の約束を果たしに参りました。」と言って、父の顔をじっと見つめました。
父は頭を下げると、
「娘の申しますには今より三日後においでくださいとの事です。」
と娘の言葉を伝えました。
赤い服の男は父の顔をじっと見ると嘘が無いとさとったのか、
「わかりました、三日後に参りましょう。」と言い残して立ち去りました。

  娘は家の中に厚い板で蔵をつくらせました。そしてまわりを固くかこって、三日目の夕方、その中に入り、「お父さん、もし、あの男が来たら、門をあけてください。わたしはこの中で観音様の御加護におすがりします。」と言って内側から戸を閉め籠りました。
  
  午後八時頃、再び門をたたく音がしました。
父は娘の言う通り門を開けました。 そこには赤い服の男が立っていました。
「約束通り、まかり越しました。」
男は父に頭を下げ、顔をあげたその時、かっと怒りの形相へと変わりました。板倉が目に入ったのです。
「おのれ、娘! 私をだましたのか!」
赤い服の男は板倉に向かって走り出しました。その体はもとの蛇へとかわり、あっという間に板倉に巻きつくと、そのしっぽで戸をバンバンとたたきはじめたのです。毒蛇の気が赤く燃え板倉を覆い、蛇の胴は板倉を締め上げギシギシと締め上げました。しかし娘は法華経を唱え、ただ観音様を念じました。蛇のしっぽは狂ったように板倉を叩き続けました。その音は夜半を過ぎても辺りに響き渡りました。板倉の中で娘は観音様を念じ続けていました。すると、目の前に端正な姿形の僧が現れ娘に告げました。
「娘よ、恐れる事は無い。いかな蛇、マムシ、とかげ、さそりの煙火のような毒であろうとも、観音の力を念ずれば、その声とともにたちまち逃げ去るであろう。」
その声が終わると蔵の廻りにザワザワと何か別のものが沢山寄ってくる音が聞こえました。そして、今まで蔵を叩き締め上げていた音が身をよじりのたうちまわる音に変わったのです。
「ひゅぉぉお〜〜〜。」と蛇の声が聞こえました。
そしてドサンと言う音がして、辺りから蛇の毒気が消えました。それからサワサワと言う音しか聞こえなくなったのです。

  夜が明けて、娘は板倉の戸を開け外に出ました。蔵のまわりには何万匹もの蟹が、守るように構えていました。そして大きな蟹があの毒蛇の頭をはさみで押さえ込み、無数の蟹が蛇の体にまとわりついて蛇をはさみ殺していたのです。
  父も母もその有り様を見ていました。そして蔵から出てきた娘の無事な姿を見るとおいおいと泣きはじめたのです。大きな蟹は娘の姿を見ると、蛇の頭を放し沢山の蟹を引きつれ静かに去って行きました。
  娘と両親は蛇の遺骸を埋め塚とし、その上にお寺を建てました。蛇の苦を救い、多くの蟹の殺生の罪を償うため、仏像を造り経典を写し供養したのです。

  その寺は今も残っています。もとは蟹満多寺(かにまたでら)と言いましたが、人々はその由来を忘れたのか、今は紙幡寺(かみはたでら)と呼ばれています。
    
         「今昔物語集巻十六・山城国女人依観音助遁蛇難語第十六。」
   
    蟹満寺縁起のお話は昔話としては、蛇婿入りー蟹報恩の物語とされています。
  記録されてるものとしては最古の部類に属していて、有名なもので、今昔物語集に一話、日本霊異記に二話が同種の話として伝わっています。
  蟹満寺縁起の物語は他にも多くの本に記述されているのですが、実際の蟹満寺は釈迦如来が本尊としてまつられ、その成立は謎が多く、名前自体も別の名前が転化したようで、説話との関わりは良くわからないようです。
  ただ現在の蟹満寺には観音堂に聖観音菩薩がまつられ、そのお堂には蟹と蛇の彫り物が掲げられています。
  蟹は魔性のモノを駆逐して鎮魂蘇生させる厄除けとしてまつられています。また蟹満寺では水産業者等による蟹の放生会等も行われているようです。日本霊異記・中・12は、放生会を勧めるお話です。)
  霊異記中の物語は、根本に仏教を広める、良い事をすれば良い結果を、悪い事をすれば報いを、という考えがあります。
  霊異記中のこの物語では、作中で蟹を助けた事には報いがありますが、自分が蛇の嫁になる、または娘をやるから飲もうとしている蛙を助けてくれ、という行いには何も報いがありません。
  これは、動物の妻になると言うのは邪淫とされ、五戒を破る事になり、戒を破ってその場を切り抜けても解決にならない、と言う事で、助けたはずの蛙はその後登場しません。
  また、一度約束した事を破れば、嘘、妄語を発した事となり、これも五戒の一つ、不妄語戒を破った事となり、蛇の妻になると言うのは、二重にアウトな約束なのです。
  この部分が霊異記特有の物となっているようです。

  霊異記は、「清く正しく美しく。」ですね。
  ◆補記
  ◇蟹の脱皮。
 宝来る水ーすでる参照。
◇出典。
 今昔物語集・巻十六・山城国女人依観音助遁蛇難語第十六
 法華験記・下・123が出典。
 元亨釈書・二十八・蟹満寺条。
 金沢文庫本観音利益集・39
 古今著聞集・二十・682
 類話ー日本霊異記・中・8
    日本霊異記・中・12 
    三法絵・中・13
蟹満寺所在地を京都府相楽郡山城町綺田(かばた)、寺を紙幡寺(かばたでら)と呼ぶ。
 蟹満寺の由来は地名と当時住んでいた豪族、またはその名前が由来となっていて、
 説話との整合性が見いだせないみたいです。

◇蟹満寺
 http://www.anraku.or.jp/jiin7.htm
 蟹満寺の由来
 http://www.eonet.ne.jp/~yamashiro/kani.html
 http://www.nichibun.ac.jp/meisyozue/kyoto/page7t/km_01_496.html