若水、または変若水(おちみず)。

元旦、または立春の早朝、井戸や泉の水を汲んで神前に供える事、汲んできた水を若水(わかみず)、行事を若水取りと言います。

若水は福水、若井、初井、生華水とも呼ばれ、歳神様への供え物、家族の食事 口をすすぐ、茶を立てる等に使われます。

年男、西日本のある所では主婦が朝早く、人と出会わないうちに汲みに行き、もし人と出会っても、口をきかない事となっていたようです。

若水を汲む時、「黄金の水を汲みます。」等のような、縁起をかついだめでたい言葉を添えていました。

そのため昔話では「めでたい」言葉がメインモチーフとなっています。


「宝来る水」

大晦日の夜、御店から帰り際、富は旦那さんから呼び止められました。

「富、すまんが明日の朝、おまえの家の側の泉から、若水を汲んできてくれ。」

「へぇ、旦那様。」

若水は、お正月の早朝一番に、井戸や泉に行き汲んで来た水をいいます。

その水を若歳さま(お正月の神様)に御供えし、口をすすいで、若水で焚いた御飯やお汁を食べ、お祝いするのです。


富は家に帰って親爺様に若水の事を聞きました。

「そうよのう、富ももう二十、立派にこの家の跡取りじゃ。

明日は早よう起きて、わしの代わりに、うちの若水も汲んでこい。

若水を汲む時、柏手をうって、『新玉の年立ち返るこの時に、よろずの宝いま汲み上げる。』と、三べん唱えるんじゃぞ。」

親爺様は、そう富に言いました。

「ああ、わかった。 明日若水汲んでくる。」

富はそう言って、布団にもぐり込みました。


元旦の朝、親爺様は富を揺り起こしました。

「富、富、朝じゃ。早よう起きて若水汲んでこい。」

富は眠い目をこすりながら起き上がりました。

「富、昨日言った事はおぼえとるか?」

「ああ、覚えとる。三べん唱えるんじゃろ?」

富はうるさそうに答え、顔を洗うと、若水用の手桶を持って、のそのそと外へ出て行きました。

親爺様はどうも富が頼りなげで、そっと後をつけて行く事にしました。外は一面、真っ白な雪でした。

「おお、寒い。」

富は白い暗闇の中を泉の方へと歩いて行きました。

パンパンパン。

富は柏手を打った後、はたと困りました。

親爺様に教えてもらった文句がどうしても浮かんできません。

富は井戸の前で、じっと考え込みました。

「ああ、やっぱり富は文句を忘れたか。仕方ない、教えてやるか。」と親爺様が出てきた時です。

富はハッとしたように文句を唱えはじめました。

「親爺様の目の玉でんぐり返る時、今、末期の水、汲み上げる。」

 親爺様はその言葉を聞いて、カッとしました。そして側にある薪を手に取ると富に投げつけ、それは、富の頭にガツンと当たりました。

富が振り向くと親爺様がにらんでいました。

「親爺様、草葉の陰から、なに投げる?」

「わしの嘆きが頭に入ったか。」

そう言うと親爺様は持っていた投げ木を富に投げ、投げ木は富の頭にポカンと当たりました。


富は家に帰るに帰れず、頭をさすりさすり、御店へとトボトボ歩いて行きました。

「富、どうした?」

お寺の和尚さんでした。

手には手桶を持っていました。

「いや、何も。 和尚さんも若水汲みですか?」

「うむ、そうじゃ。」

「和尚さんは、若水を汲む時、やはりなんかの文句を唱えなさるんですか?」

「お前の親爺様と同じ文句じゃよ。」

「・・・ああ、そうですか。」

富は文句を教えてくれとも言えず、和尚さんと一緒にトボトボ歩きました。

「若水にはの、このあたりに一つ昔話が伝わっておる。」

「和尚さん、そりゃ、どんな話ですか?」

「うむ、昔の、ジジとババがいての。

ババが元旦の朝、若水を汲みに川へ行ったのじゃ。

すると側の杉の木にの、よずく(ふくろう)が止まって、

 テレツケ ホーセー、ホー、ホー。

 テレツケ ホーセー、ホー、ホー。

と鳴いたのじゃ。

ババはそれが面白うて、

『おまえはよずくか、わしは福ずくじゃ。』と言うて水を汲んだのじゃ。

その水で、ジジに雑煮を食わそうと餅を入れて煮たらの、

その餅はいつの間にか白金になっていたそうじゃ。」

「餅が白金に?」

「ああそうじゃ、白金に変わっとったんじゃ。

それを聞いた隣のババが、次の朝、川に水を汲みにいったんじゃ。

するとやはりの、側の杉の木にの、よずく(ふくろう)が止まって、

 テレツケ ホーセー、ホー、ホー。

 テレツケ ホーセー、ホー、ホー。

と鳴いたのじゃ。

ババはよし、と思うて、

『おまえはよずくか、わしはうずくじゃ。』と言うて水を汲んだのじゃ。

隣のババは"福ずく"を"うずく"と聞き間違えておったのじゃ。

それからの、体がうずいて、うずいて、

正月の間中うんうんうなっておったそうじゃ。」


富の頭のたんこぶがジンジンうずきました。

「若水汲みのときの文句は、大事なものなのじゃぞ。」

「はぁ、そのようで。」

富は頭を押さえながら和尚さんと別れました。


御店につくと旦那様が聞きました。

「富、若水は汲んできてくれたかい?」

富は、昨日、旦那様に頼まれていたのをすっかり忘れていました。

「へい、すぐお持ちします。」

富は旦那様に調子をあわせて言うと、台所の手桶を持つと、走って行きました。

しかし雪道は凍り、いつもの調子で走れません。

外に飛び出しては見たものの泉は家の側です。

「あっ、しもた!」

そうです、家では親爺様が怒って自分を待っています。

困った富はあたりを見まわしました。

すると田んぼの側の雪の中から、ちょろちょろと水が流れていました。

「おお、こりゃいい。」

富はその水を手桶に汲むとお店へ帰って行きました。

富は旦那様の前に手桶の水を差し出しました。

しかし旦那様は怒って富に言いました。

「富、この水はどこから汲んできた?お前が田んぼの水を汲んできたのを見たものがおるんじゃぞ。」

富はあっと思いました。

「若水というのはな、一年で一番最初に使う大事な水じゃ。それを田んぼの水でごまかそうなど、お前は、お店がつぶれてもよいのか?」

富は困ってしまいました。

これでは親爺様と同じ"投げ木"が飛んでくる。

おお、そうじゃ!

「旦那様、これは田んぼの水ではねぇです。 田から来る水、宝来る水ですがな。」

「うん?」

富の言葉を聞いて旦那様はうなりました。

「そうか、田から来る水、宝来る水か!」

旦那様は大変喜んで、その水を一段高い所におさめると、店の者をあつめてご馳走をふるまいました。


その夜、富は旦那様に褒美に酒樽をいただきました。

「これは養老の水じゃ。」

富は酒樽をもって親爺様のもとへ走りました。


            「宝来る水。」

平安時代、立春の日に宮中で主水司(もいとりのつかさ)から天皇に奉った水「立春水」を、若水と呼んでいましたが、それが元旦に汲む水をさすようになったようです。


若水は変若水(おちみず)とされ、もともとは若返りの水とされています。

変若水は万葉集の中に記述が見られ、当時は、それを浴びるか飲めば若返る霊水、と考えられていました。


   天橋も 長くもがも 高山も

   高くもがも 月読(つくよ)みの 持てる変若水 い取り来て

   君に奉りて 変若(をち)えて しかも

   天の橋も長くあってほしい。 高山も高くあって欲しい。

   月読の神の持っている若返りの水を取って来て、

   我が君に奉って若返りたいものだ。

        万葉集 巻十三 3245 作者未詳


歌に詠み込まれるように、月には変若水があると考えられていたようです。


月と不死の薬の伝説は、

中国、准南子によると、?(げい)は仙女西王母から不死の薬を得ますが、その妻嫦蛾(じょうが)が盗み月に行ったので、今でも不死の薬がある、とする伝説と、沖縄宮古諸島に伝わるもので、月にすむアカリヤザガマは日月の命で、人間に変若水、蛇に死水を浴びせようとしますが、逆に浴びせてしまい、罰として月で桶を担いで立っているという変若水と死水の伝説です。


ロシアの留学生ニコライ・ネフスキーは、大正十一年宮古島を訪れ、宮古島に「しぢゆん」という言葉があり、「若返る」と言う意味があるとしました。
 また宮古島では、本土の元旦に相当する、節(しち)の朝汲んだ水を「節(しち)の若水」「節(しち)のしぢ水」と呼んで神聖なものとしていました。

翌十二年、折口信夫は沖縄諸島を訪れ、若返ると言う意味の言葉「しぢゆん」「しぢるん」「すでゆん」の用語例を採集しました。
 これらの言葉は一つの言葉で、地域により発声に差異があり、事典などでは便宜上「すでる」という言葉で、統一されているようです。


「すでる」は水を浴びる事と関係があり、若返るという意の他に、卵が孵る、蝦や蟹が殻を脱ぐ、蛇が脱皮する等の用例がありました。

「すでる」は母体を経ない誕生をさす言葉で、母体から「生まれる」とは区別されて使われていました。

卵からの誕生、殻を脱ぐ蟹や、脱皮する蛇のように「ある容れ物からの出現」死からの誕生・復活に神秘な働きを見て、それを人間にも実現を願う気持ちが、年に一度、復活や転生をもたらす神聖な水が生命力の源泉である他界から寄せてくる、人が蛇や蝶のように一定期間ものの中に籠り、物忌みの生活をし、その後、他界から寄せられた復活の水を浴び、新たな霊魂を身につけて甦る・生まれ変わる、それが月の満ち欠け、太陽の消長と結びつき、「すで水」「をちみず(変若水)」・若水という復活の水の信仰となったのです。


◆補記

◇「すでる」

「をつ」「をち水」≒「しぢゆん」「節(しち)」「しぢ水」

日本での変若水のは、中国神仙伝説によるものと、日本琉球の古代生活に共通するイメージとする、二通りの解釈が出来、どちらか一方がもとである、と言えません。

◇若潮。

若水と同じように、元旦の早朝、海水を汲んで神に供える事、汲んだ海水を言い、西日本では若潮迎えとも呼ばれています。

広島県厳島神社では、大晦日に鎮火祭が行われ、大篝火を焚いた後、松明とし、若潮迎えを行います。

静岡県では、初浜と言って、元旦の早朝、塩水を汲み家を清める行事、また九州では、お潮斎(しおい)と言って、塩水や海砂で家を清めるしきたりがあるそうです。

これは、元旦の行事ではないようです。

若潮は、海水ではなく、海藻で行う所や、塩で年初めに清めを行う所もあり、熊本県天草地方の若塩売り、東北地方の塩の初買いなども同じ習俗と考えられます。

若水・変若水が復活や再生を意味するのに対し、若潮は穢れを落とす事を意味するようです。

※若潮は一般的に、大潮等の潮の名称として使われています。

 ここでの若潮の方が特殊なもののようです。


 
 
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