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  歌う骸骨、その一。
    「歌う骸骨。」は世界的に分布しているお話で、髑髏型、枯骨報恩型と呼ばれています。
  道に放置されていたドクロを、葬ったり、弔ったりして、ドクロからお礼をしたいと申し出を受け、実家に告げたり、殺した相手をつげたりして、ドクロの縁者から恩を受ける、復讐を遂げるという構成のお話です。
  春の野路送り。
 
  ある所に徳と言うおじいさんがありました。
  早くに両親を亡くし、妻をもらい子供もできましたが、流行り病でみな亡くなってしまい、以来一人で生きてきました。毎日毎日働いて、やっと暮らしが立っていました。
  日が暮れて家に帰ると、仏壇の妻と子供に話をしながら、ごはんを食べました。

  こうして春となり四月八日の花祭りがやって来ました。徳じいさんはこの日のために貯めたお金で、お酒を一升買って徳利に入れておきました。しかし、その日になって用事を頼まれ、隣村まで行かなければならなくなりました。徳じいさんは仕方なく、「どこか途中で酒でも飲むベ。」と、徳利を下げて出かけていきました。
  隣村へテクテク歩いていくと、道端やあぜ、林や山は花盛りで、ぽかぽかあったかく、鳥がぴちぴち空に遊んでいました。
  ちょうど山を下ったあたりで、日当たりの良い野原に出ました。斜面には菜の花が揺れ、タンポポやれんげ、名前も知らない花があたり一面に咲いていました。徳じいさんは、このあたりで一休みして一杯やろうと、側の石の上に腰掛けました。
  すると、その石の側に、道で倒れてそのままになったのか、骨になった仏さんがありました。徳じいさんは手を合わせると、いつものようにその骸骨に話しかけました。
「あんたもこんな所で一人でいるのは寂しかろう。今日は花祭り、日和も良いし、一緒に一杯やらねか?」
そして、袖から杯を出すと、骸骨に一杯、それをドクロにそそぎ、自分に一杯、クイッと飲みました。
それから、昔おそわった歌を歌い、一緒に遊んだ遊びをして、春の野辺にひとときを送りました。
そして、ばらばらの骨をひとまとめにし、その石の側に埋め、摘んできた花を供え、手を合わせると、徳じいさんは用事を済ませに、またテクテク歩いていきました。

  夕暮れになって、徳じいさんが帰ってきた時の事です。
  あの石の側に、十七・八の娘が立っていました。そして徳じいさんを見ると深々とお辞儀をしたのです。
「娘さん、どこかでお会いしましたかの?」徳じいさんは、きょとんとして聞きました。  
「はい、今朝ここで、一緒にお酒をいただきました。」
「ああ?」徳じいさんは、娘の足下の岩を見ました。
「千代と言います。」
「千代さん。」
徳じいさんは、娘の顔をじっと見つめました。やはり今朝の骸骨には見えませんでした。
「私は二年前の四月二十八日、この野原を通りかかった時に急な病で命を失ってしまいました。両親が方々探していますが、親の縁が薄いのか、まだ見つけてもらえません。わびしく寂しい思いで、ここで骨となって野風にさらされておりました。今朝、思いがけずお爺さんに見つけていただき、春の楽しいひとときを味わう事ができました。ありがとうございます。」
そう言うと千代はもう一度深々と頭を下げたのです。
徳じいさんは、きょとんとしていましたが、急に嬉しそうな顔をして言いました。
「いやいや、楽しい思いをしたのはわしの方じゃ。一人で食べるのも、一人で飲むのも、かなわぬ。今日は千代さんと、歌って飲んで遊んで、久しぶりに楽しかった。」
「はい。」
千代は嬉しそうに答えました。
「お爺さん、今月の二十八日、もう一度ここに来てください。私の法事に、私を親の家に連れていっていただけませんか?」
千代は徳じいさんに頼みました。
「ああ、ええともよ。 一緒に千代さんの親御さんとこに帰ろうの。」
徳じいさんがそう答えると、千代はホッとしたように微笑み、手に持っていたかんざしを徳じいさんに渡すと消えて行きました。
徳じいさんは娘を埋めた塚に手を合わせ、家路につきました。

  それから徳じいさんは毎日娘の塚に線香を供え、娘に話すように今日見た事、今日聞いた事を話して聞かせました。
  そして何日かして二十八日となりました。
  徳じいさんは、朝早くおきて千代の所に向かいました。千代は塚の所に立ち、徳じいさんを見つけると手をふりました。二人は連れ立って隣村の娘の家へと向かいました。千代の家は大きく、千代の法事だと言う事で、親戚や村の人が大勢集まっていました。
徳じいさんはそれを見るなり怖じ気づき、「千代さん、わしはどうにもこの中にはいってけねぇ。」と言いました。
すると千代は、「では、私の袖につかまってください。」と、着物の袖を徳じいさんのほうへ差し出しました。徳じいさんが恐る恐る千代の着物を握ると、千代は徳じいさんをつれて、我が家へ入って行きました。徳じいさんはびくびくもので、あたりをきょろきょろしましたが、回りの人は、千代にも自分にもまったく気がつかない様子でした。
  二人は誰にも咎められる事なく仏間へと入って行きました。座敷にはお坊さんや大勢の人が座っていました。膳が出ていて、お吸い物もお酒も出ていました。
  千代は徳じいさんを座敷の真ん中に招き、お爺さんにお酒を勧めました。徳じいさんは千代とお酒を飲み、膳のものを取って食べ、あの時と同じように歌を歌いました。
  座敷にいる人には、二人が見えず、声も聞こえませんでした。そして、目の前から、料理やお酒がいつの間にか無くなっていき、これはいったいどうした事だろう?と首をひねりながら、ささやきあいました。
  そのうち、女中の一人が料理をがちゃんと落としてしまいました。千代の父はそれを咎め、人前で叱責しました。千代はその様子を見ていましたが、悲しそうな顔をすると、「ごめんなさいね、お爺さん。わたしはあんな事を見るのが嫌なのです。」そう言うと千代は座敷を出て行きました。
「千代さん!」
徳じいさんがそう叫んだ瞬間、座敷の者がいっせいに徳じいさんを見ました。徳じいさんは回りの人を見ました。どうやら自分が見えているようでした。
「・・・あんたはどこの人かね?」怒っていた千代のお父さんが徳じいさんに尋ねました。
徳じいさんは小さな声で、「わしゃぁ隣村のもんで、千代さんをこの家に連れて来ました。」と千代さんにもらったかんざしを二人に見せました。
そのかんざしを見て千代のお父さんもお母さんもびっくりしました。
徳じいさんは原っぱで千代の亡き骸を見つけ葬った事、千代が現れて自分をここに連れてきた事を話しました。
千代のお父さんもお母さんも親戚の人もお坊さんも、急いで原っぱに行きました。そして、塚から千代の亡き骸を取り出すと棺に入れ、やっと会えた娘を我が家へと連れ帰り、もう一度千代のお葬式をしました。

  それから徳じいさんは、千代の家に引き取られなんの心配も亡く安楽に暮らす事が出来ました。
  自分の好きなように働き、千代の家を手伝い、時間があれば、あの原っぱに出かけては千代に話しかけながらお酒を飲みました。
  そして、いつか教えてもらった歌を歌い、一緒に遊んだ遊びをするのでした。         

                  「春の野路送り。」
   
 
  このお話では、「枯骨報恩譚。」の復讐をとげるという部分が抜け、単純にお礼を受ける形になっていますが、基本型に近いものだと思われます。
  もう一つの「骸骨の歌。」というお話では、
  出稼ぎに出た同郷の男二人が故郷に帰る途中、一方の男の金を奪い自分だけ帰郷する。
  お金を使い果たした男が同じ所を通りかかった時、
  骸骨となった男から、人前で自分が歌ったり踊ったりしようと持ちかけられ、骸骨躍りで有名となる。
  そしてお殿様の前で踊る事になり、その時罪を訴えて復讐を遂げる、というお話になっています。

  子供に話すとして、やはり死の話は難しいかな、というのが感想です。 骸骨とかドクロとか実際に見た事のない方が多いし、今の世の中では伝えにくい事柄かも知れません。 生と死は分けられるものではないのですが、他者にも自分にも向かい合うにはそれなりの勇気が必要みたいです。 
  ◆補記
  ◇出典その他。
 今回のリライトは柳田国男遍「日本の昔話」より「春の野路から。」
 「骸骨の歌。」は関敬吾遍「日本の昔ばなし」岩波文庫版第三巻に入っています。