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三月ー花と少女の物語。
 
  処女塚(おとめづか)、後編。
 
         前編はここです。 「処女塚」、前編。

  菟原処女と智奴壮士の死は菟原壮士の耳にも届きました。
菟原壮士は天を睨みつけると、体をわなわなと震わせ、大声で叫び、あたりかまわず壊したあげくに、手から血がほとばしるほど地面を叩きつけると、歯噛みをし、嗚咽をもらして泣き叫びました。
「・・・あの男に負けてはならん。」
菟原壮士はそうつぶやくと、小剣をとって生田川に走りました。
二人の亡くなった場所には水鳥達が集まっていました。菟原壮士は水の中に飛び込むと剣を振り回して鳥を追い払った後、胸に剣を突き刺して二人の後を追いました。
    
  菟原処女の親族は、処女のために塚を築きました。
  智奴壮士と菟原壮士の親も処女の塚の側に息子を葬ろうとしました。菟原壮士の親は「他国のものが、どうしてこの国の土を穢してよいものか?」と、埋葬の邪魔をし、自らの息子を処女の塚のそばに埋葬してしまいました。智奴壮士の親は遠く泉から土を運び、反対側の処女のそばに智奴壮士を葬りました。こうして乙女の墓を中心に、三つの塚が築かれました。

  それから長い時が過ぎ去りました。
乙女達の両親も亡くなり、乙女達の顔を知る者もすでにこの世にいませんでした。ただ、乙女達の話だけが伝えられているだけでした。

  ある時、旅の一行がこのあたりを通りかかりました。
  地方の役人、伴善国(とものよしくに)と部下二人で、初めて京へのぼる所でした。日も暮れ、道に不案内で、塚とも知らず野宿をする事となりました。火を焚き、近くの川で取った魚を焼き、干し飯を食べていると、どこからか物音が聞こえてきました。
「なんであろうか?」
善国は不審に思い耳を澄ませました。チュインとなにか刀のはじく音のようでした。なにか物取りでも出たのか?善国は部下の二人とあたりを調べました。

  善国達が川の側まで来た時です。水音がバシャンとした後、水を滴らせながら何かが歩いてくる者がありました。善国達が物陰にかくれると、その男は三人の目の前に現れました。男は短い剣を持ち、胸から血を流し、誰かを探すようにあたりを見回しました。よく目が見えないのか、まぶたがしきりに震えました。そいて水鳥がバシャンと音をたてると、男は皮の方へ歩いて行きました。
  善国達は物取りか盗賊の仲間であろうか?それとも何か争いがあったのかと、急いでそこから離れようとしました。
  すると目の前に白鳥を抱いた一人の娘が立っていたのです。
善国達は驚きましたが、こんな所に置いて行くわけにもいきませんでした。
「こんな夜更けに若い娘が何をしておる?」
善国が問うと娘は答えました。
「人を待っているのです。」
「人?」
恋人か、いいなづけを待っているのか?こんな若い娘を夜更けに待たせるなど、なんという男かと、善国は内心腹をたてていました。
水鳥が羽ばたきました。
いかん。善国はそう思いました。さっきの男が探しているのはこの娘かもしれん。
「お前達、この娘を守って隠れていよ。」
善国は娘を部下に守らせると自分は音のする方にわざと行きました。
川面を月を照らし、水鳥がバサバサと羽ばたいていました。
その中に一人の男が現れました。
男は善国に気がつくと、善国の方に歩み寄り片ひざをつき頭を下げました。それはさっきの男ではありませんでした。
「突然の事ですが御腰のものをお貸しください。」
男は善国に頼みました。善国は驚きました。
「刀を貸せと申されるか?」
「はい。」
「何に使うおつもりか?」善国はその男に問いました。
「争うつもりの無い者でしたが、もはや決着をつけるほかないと思うに至りました。」
これから剣で決着をつけようというのに、男の答えは静かなものでした。
善国は水鳥がこちらの方を見ているのに気がつきました。そして男と同じように頭を下げたように見えたのです。
善国は腰の剣を男に差し出しました。
「ありがとうございます。」
男は剣を受け取ると頭を下げました。
一瞬、月が雲に陰り、あたりは暗闇となって、また明るくなりました。すると今までいたはずの男はすでにいませんでした。

  どうも不思議な事が続く。善国は娘と部下のいる所に急いで帰りました。善国は三人に刀を貸してくれという若者の話をしました。娘も黙ってその話を聞いていました。
部下は善国の話に「その若者はさっきの盗賊のような男と戦うつもりではないでしょうか?」と、自分の考えを言いました。
「お前もそう思うか?」善国も、そう思っていたのです。
しばらくすると闇の中から刀と刀の打ちあう音が聞こえてきました。善国と部下の二人は刀を抜いてあたりをうかがいました。 娘はおびえる様子も無く、ただ心配そうな様子で闇の中を見つめました。娘の抱く白鳥も騒ぐ事なくじっと抱かれていました。
闇の中からは刀の打ちあう音が長い間響きつづけました。そしてついにその音は聞こえなくなりました。

  水鳥がいっせいに飛び立ちました。
そして三人の前に舞い降り、その中に男が一人立っていました。刀を貸した男でした。
「おかげさまで長年の争いに決着をつける事が出来ました。」
男はひざをついて善国に刀を返すと、そのまま娘の前に立ちました。
「深い水の中に沈んだあなたを追い求め、 今やっとあなたのもとに辿り着く事が出来ました。」
男はそう言うと娘の手を取りました。
すると、今まで娘が抱きかかえていた白鳥がぱっと飛び立ち、それにつづくように水鳥達がいっせいに舞い上がり、今までいたはずの娘も若者も消えていました。
善国達はあたりを探しましたが、二人の姿はどこにも見当たりませんでした。

  夜が明け、善国たちはここが処女塚の前だと知りました。
左右の求女塚を調べた所、菟原壮士の墓とされる塚に血が流れていました。
善国はやっと昨夜の事がわかった気がしました。
「あの二人は菟原処女と智奴壮士であったか。」
東の空に日が昇っていました。
そしてその太陽に向かって二羽の白鳥が飛んで行くのでした。
                 「処女塚」

   
 
  菟原処女の伝説は「万葉集」を元に、後代になって「大和物語」、観阿弥作の謡曲「求塚」、森鴎外作の戯曲「生田川」となっています。
  「大和物語」では、二人の男のうち優れている方を選ぼうとして果たせず菟原処女が亡くなった事になっており、万葉伝説に死後の二人の争いも付け加えられており、どちらかと言うと男同士の争いが中心となっています。また「求塚」での菟原処女は二人の男と水鳥の命を奪った報いを受ける亡霊として描かれ、「生田川」では菟原処女は二本の矢につらぬかれ死した鵠(くぐい-白鳥の事)を見て自分の身の上を決したと描写されています。

  「万葉集」では菟原処女の死の理由を二人の男が自分を争い苦しんでいた事、また当時の日本社会において、異郷の男との婚姻が難しく、暗に智奴壮士に自分の気持ちを伝える事が叶わなかった事を理由としているのに対し、後代の作は焦点がずれている感じがします。
    作中の焦点をその時代の問題、または興味とすれば、「万葉集」の時代の方が人間的であったのかも知れません。

  自分は元の事件が悲劇的に終わってるなら、お話の中くらい何とかならないかと思うし、
  恋愛って人の優劣とか勝ち負けでは決まらないし、
  本人の気持ちが一番大事だと思うんですが、皆さんはどうでしょうか?
  甘いかなぁ。
  ◆補記
   ◇黄楊の櫛。
  処女塚に挿した黄楊の小櫛が成長した、という言い伝えが残っています。
  墓に櫛を挿すのは弟橘毘売の故事(古事記)から。
  神話上では櫛は霊力を持つとされています。  
  黄楊は垣に、また材質が均質で印鑑、櫛や駒などの材料に使われています。
  京都の特産品の櫛には、木材を乾かすのに十七年!かけてあるとか。
  静電気も発生せず、髪を痛めないものだそうです。
黄楊
 http://www.hana300.com/tuge00.html
黄楊の櫛
 http://itp.ne.jp/contents/kankonavi/kyoto/tokusan/kyo_tok21.html
黄楊の堂
 http://www.town.harue.fukui.jp/syokai/midokoro/tuge.html