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七月-羽衣伝説と異類結婚譚。
 
  八尋のワニ、豊玉毘売。
    「海幸山幸」のお話は、兄弟争いの部分と豊玉毘売との神婚説話の部分がミックスして語られています。
  豊玉毘売との神婚は、他界、海神宮を訪問し、妻と宝物を得てよみがえり、対立するものを倒す、という死と復活の儀礼、イニシエーションと新しい王の誕生の物語であり、また、古代の王は天なる父として母なる大地(海)との婚姻をへて、自然の豊饒を招く事を象徴的に語る、物語でもあります。
  「海幸山幸」には豊玉毘売が山幸のもとにやって来て子供を産む後日談がつけられています。そして数ある異類結婚譚と同じく、別れが待っているのです。
  「八尋のワニ、豊玉毘売。」 
    山幸は兄との争いを終え、地上で豊かな暮らしをしていました。しかし海神の宮殿に残して来た豊玉毘売の事を思いだしては、 海を見つめる事が多くなって行きました。

  そして風が強く波の高いある日、海神の宮から豊玉毘売が現れました。命は会いたかった毘売にあい、うれしくてたまりませんでしたが、
豊玉毘売は、
「わたくしは命のお子を身ごもり、出産する頃となりました。天の神のお子様を海の中で産む事も出来ず、出て参りました。」
と、おっしゃりました。
命は豊玉毘売が今にも子供を産みそうな様子に驚き、急いで海のそばに産屋を造りはじめました。
産屋は柱を立て、屋根にはカヤをふくのですが、その屋根にはカヤの代わりに鵜の羽をあつめてふきました。
しかし、屋根がふき終わらないうちに、豊玉毘売は産気づき、産屋の中に入りました。
「命、子を産む時、わたくしの姿が変わるかも知れません。お願いですから子供を産み、わたくしが出てくるまでは、この産屋をけっしてのぞかないでくださいね。」
豊玉毘売は、何度も繰り返し命に頼みました。
命は毘売が心配で、
「わかった、わかった。 だから早く中にお入り。」と毘売を産屋に入れました。

  子供を産む時、お母さんになる苦しみがあります。
  豊玉毘売は産屋に入ると、苦しそうな声をあげました。命は、外でどうしていいのかわからず、おろおろするばかりでした。豊玉毘売の声は次第に大きくなっていきました。命は心配で戸に近づきましたが、豊玉毘売にのぞかないと約束したのを思いだし、じっとガマンしました。
荒い息が外まで聞こえてきました。
苦しそうな声が続き、そして大きな音がバシャンとしました。
命は驚いて、産屋の戸を開けてしまいました。
そこには、八尋もある大きなワニがいました。
命は、しまった!と思いました。
そして外へ出て静かに待ちました。

  しばらくすると、赤ちゃんの泣き声がしました。
  豊玉毘売は元の美しい女性となり、赤ちゃんを抱いて産屋を出てきました。命は豊玉毘売に赤ちゃんを見せてもらいました。かわいらしい男の子でした。命は毘売に赤ちゃんを抱いて見せました。
しかし毘売の顔は曇ったままでした。
「毘売、どうした?」
命が心配そうに聞くと毘売は悲しげな顔で答えました。
「あなたの子を産んで、これからもずっとおそばにいるつもりでしたが、恥ずかしい姿を知られてしまいました。もう、おそばにいる事は出来ません。」
そう言うと豊玉毘売は海の中に消えてしまいました。
「毘売!」
命は、赤ちゃんを抱いたまま、毘売を呼びました。しかし、毘売はいくら呼んでも帰ってきませんでした。

  命は赤ちゃんを育てながら、海辺で毘売を呼びました。 毎日浜辺へ出て、毘売の帰りを待ちました。赤ちゃんが泣きました。命は泣きやまない赤ちゃんを抱いて浜辺を歩きました。
  海が割れ、海神の宮から毘売と同じような衣装を着た女の人が現れました。豊玉毘売の妹、玉依毘売でした。
  玉依毘売は、赤ちゃんを抱くとあやしはじめました。お母さんと同じ匂いがするのか、赤ちゃんは安心して眠りました。玉依毘売は、姉の豊玉毘売から手紙を預かっていました。その手紙には歌がしるしてありました。

  赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装し(よそおひし) 貴くありけり
  赤い玉は、それを通したひもまでも美しくみせる華やかで立派なものですが、穢れのない清い白玉のようなあなたのお姿を、わたくしはいつまでもお慕い続けています。

  命はその手紙を読んで、本当に後悔しました。そして玉依毘売に、毘売への返歌をことづけました。
  沖つ島 鴨著く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに
 (沖つ島 鴨着く島に 共に居し 妹は忘れじ 世のことごとに)
  沖に住むかもめのような水鳥でもなければ、行く事の出来ない海の底の宮で、仲良くくらしたあなたの事は、これから先、どのような事があっても、忘れる事は出来ません。

  その後、豊玉毘売は命の前に現れる事はありませんでした。
  宮崎県鵜戸神宮に石窟があります。その穴は豊玉毘売の産室のあとであると伝えられています。

                「八尋のワニ、豊玉毘売。」
   
 
  豊玉毘売の物語は禁室型説話というタイプのお話で、男が超自然的な力を持つ女性と結婚し、その女性のある行為を見ないよう約束させられるが、禁を破ってのぞき見たために、女性が去っていく、という説話類型を言います。

  これは世界的に分布している話で、メルシナ型と呼ばれています。
1 ある貴族が山中でメルシナと言う美女と出会う。
2 浴室を見ないと言う約束で結婚する。
3 子供が出来幸せな結婚を送るが、ある時メルシナの入浴を見てしまう。
4 メルシナは入浴中は蛇となっている。
5 正体を見られたメルシナは子供を残して消えてしまう。

  メルシナ型は、以上のような構造で、入浴中に異類の正体を現す、形となっています。豊玉毘売の場合は出産ですが、世界的には入浴の場合が多いそうです。中国では、入浴中の妻を覗いたら、大亀であったり、鯉であったり、黄竜であったりしています。
  
  また禁室型説話に登場する女性は、基本的に水をイメージさせる性格付けがなされている場合が多く、豊玉毘売の場合もやはり水の力を持っている異類として描かれています。
  日本では出産は"穢れ"とされ産婦に近づかないよう産屋を建てる、産屋に入って産む、という習俗があり、入浴が出産に変わったのではないか?と考えられています。

  そして記紀神話としての性格付けがなされています。
  古代日本の巫女の呼び方に「ひるめ」と「みるめ」という二つの呼び名があります。

  "ひるめ"は、日(火)の神に仕える巫女の名称で、「おほひるめむち(天照大神の別名)」は「日の神に仕えている最尊貴な、神聖な神の后」。
  "みるめ"は、「みぬめ」とも言い、水の女神の名称で、また水の神に仕え、水の女神として生きる巫女の名称でもありました。

  天皇の后妃にはこの「ひるめ」と「みるめ」の二種類の系統があり、"ひるめ"は宮廷の神に使える王族出身の后妃で、「なかつすめらみこと」と言い、"みるめ"は出雲系統の水の神の信仰をもって天皇に仕える后妃でした。

  天皇が天皇となる時、一代に一度行われる大嘗祭には、いろんな要素が絡んで複雑化しているようですが、折口信夫氏は、その中心には、「ひつぎのみこ」が聖水を浴びて天皇としての資格を完成する復活の儀礼があった、としています。
  大嘗祭の卯日、天皇は、大嘗宮の北側の廻立殿で、「天の羽衣」と呼ばれる湯帷子を来て湯槽に入り、湯を浴びた後、湯槽で羽衣を脱ぎ捨て、別の帷子に着替え、ユキ殿・スキ殿へ赴きます。そこで衾に籠り、外来魂を身体に付着する事で天皇としての資格を完成する、復活の儀礼が行われます。

  ユキ殿・スキ殿は本来新嘗祭の儀礼が行われる場所であったため、折口氏は復活の儀礼も廻立殿で行われたと考えています。
  
  廻立殿で湯にはいる前、天皇は、「ひつぎのみこ」として物忌みの具を身に付け禁欲生活を送りました。
  その時の衣装が「あまの羽衣」であり、もっと古くは「みづのをひも」というひもであったそうです。
  「ひつぎのみこ」は呪力のある水「ゆ」の中で「みずのをひも」を巫女のよってときほぐされ、また結び固められました。
  「みずのをひも」は御子の霊魂を結び固めた呪具で、これを聖水の中で解きほぐし、新たな霊魂をいわいこめて、また結びつけたのです。
  この儀式により、「ひつぎのみこ」は「みずのをのひも」をあつかった女性、巫女との間に聖婚が成し遂げられた事になり、これがきさきの起源となった、と折口氏は考えたようです。

  古事記、垂仁天皇条に「みずのをひも」についての記述があります。垂仁天皇のきさき、サホビメは天皇に謀反し敗れた兄サホビコにともに死のうとした時、天皇はサホビメに次のように問いかけます。
  汝の堅めしみずのをひもは誰かも解かむ
   
  きさきは「みずのをひも」自分だけが知る方法で結び、時によって解く聖職を持つ者でした。そのため、垂仁天皇はお前以外に誰が解く事が出来るのか聞かなければならなかったのです。
  サホビメは自分と同じ系図に連なる女達、同じ系統の信仰を持つ女達、霊魂を結び固めた「みずのをひも」を扱うものを、旦波比古多多須美智宇斯王(たにはのひこたたすみちのうし)の女達、水の神と関係の深かった丹波氏の女達を押してなくなりました。(時代が下がってからは藤原氏がその聖職を司ったそうです。)

  天皇は日(火)の神の子孫。
  水の女との結婚儀礼を通し天皇となる資格を得て、稲の豊饒を約束する者となりますが、日の神の信仰と水の神の信仰は別のもの、別の氏族のものです。
  禁室型の説話は、この水の信仰を知られてはならない事を意味しているとも考えられています。
  水の神の后から生まれた子は日の神の信仰を受け継ぐため母から引き裂かれる運命にもあるのです。
  物語としては、山幸が超自然的な力を得て、自分の住む場所へ再び帰っていくイニシエーションの物語なら、主人公が異類と結婚、その超自然的な力を獲得した後は、もとの状態に戻る、つまり超自然的な力(子供)をもった状態に戻らなければならない必然性がある事にもなります。
  
  異類結婚のお話も、天人女房型のお話も、超自然的な力で富貴を得、福徳を得た後は、かならずもとの状態へ戻る、そのための別れが待っているのです。
  ◆補記
 
  尋は広(ヒロ)の意で縄・釣り糸・水深をはかるのに用いる長さの単位。
  両手を左右に広げたときの,指先から指先までの距離を言う。中国では尋を"じん"と読み、日本では"ひろ"と当てて用いた。
  古くより中国では六尺五寸,日本の江戸時代には一尋は五尺(約1.5メートル)または六尺(約1.8メートル)であったが,明治以降は六尺とされた。
  一尋のワニは約1.8メートル。豊玉毘売は約14.5メートルと言う事になります。 クジラ並みですね。
垂仁天皇(すいにんてんのう)
  紀元前69年1月1日?〜70年7月14日。神武天皇から数えて第11代目の天皇。古事記、日本書紀に記録があるが史実性には疑問が持たれている。