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七月-羽衣伝説と異類結婚譚。
 
  七夕の星に願いをこめて。その二。
    中国の七夕伝説は天人女房型のお話で四つの型に分類が出来ます。
一つは七夕型の基本形で、牽牛織女の伝説。
そしてもう一つは七夕型の発展として、牛飼いの男が水浴びをしている天女の羽衣を奪って妻にするが、何年か後、羽衣を見つけた妻は天に飛んで行ってしまう。男は妻を追うが、神によって一年に一度だけ会う事を許される、という型のもの。
三番目は、一番目、二番目の型の後半に、神から難題をもたらされ、解決に失敗するか、成功するも何らかの失敗をして、引き離される、という型のもの。
四番目の型は、貧しいが働き者の男のもとに、天女がみずから嫁いで来て裕福になる。しかし、それが県の長官の目にとまり、難題を持ち込まれ、二人はその難題を解決し、長官は手出し出来なくなるか、さらにひどい目に会うという型のもの(董永の物語が原型)。

  牽牛織女の七夕伝説はもう一つ、天の川の由来、という側面を持ちます。
  スイスの天の川伝説は、ほぼ牽牛織女の七夕伝説と重なっています。

  スイスの天の川伝説は、
  昔、二人の男女が互いに愛し合っていた。
  死後、二人は空に移されたが、おのおの違う星に暮らすようになった。
  どうにかして会おうと考えた二人は、  
  苦労をして星と星の間に、光の橋を渡した。
  それが天の川である。
  としています。

  星の伝説は創世神話とともに、もっとも古い神話に属するもので、これに旗織姫や牛飼いの性格が備わっていったものと考えられます。

  では、もう一つの中国の七夕伝説です。
  「牛飼いと織姫。」 
    人里離れた山のふもとに一人の若者が住んでいました。その若者は一頭の年老いた牛を飼っていました。
  ある年の夏、牛飼いはいつものように年老いた牛を草原に連れて行って草を食べさせていました。すると草原に霧が立ちこめ、何も見えなくなってしまいました。牛飼いは何が起ったのか、立ち上がって耳をすませました。草原の南側の川から、鳥の遊ぶ音がしました。
「ご主人様。」
突然牛が言葉をしゃべりはじめました。
牛飼いは驚きましたが、牛はかまわず話し続けました。
「ご主人様、南の川で、天女が水浴びをしています。気づかれないように、川べりの木にかけてある羽衣を一枚取って隠せば、天女を妻に迎える事が出来ます。」
牛飼いは急いで川べりに行きました。すると確かに牛の言う通り、七人の天女が水浴びをしていました。牛飼いは木にかけて会った羽衣を手にすると草むらに隠れました。
牛が一声、大きな声でなきました。
その声に驚いた天女はいっせいに羽衣をまとうと、空に舞い上がり消えて行きました。
一人天女が裸のまま取り残されました。今まで見た事も無いような美しい人でした。牛飼いは自分の服を脱ぐと天女に渡しました。

  天女は織姫と言う名でした。牛飼いより若く、長い髪が川面に踊っていました。羽衣を知りませんか?と牛飼いに聞きました。牛飼いは知らないとしか答えられませんでした。羽衣の無い織姫は空に舞う事も、天に帰る事も出来ませんでした。織姫は川べりの岩にすわり、空を見上げて泣きました。
  牛飼いは心が痛みました。そして織姫が泣くのをやめるまでじっと織姫の側で待ちました。夜がきて空に天の川が見える頃、牛飼いは泣きやんだ織姫の手を引いて家へと帰りました。

  織姫は牛飼いの家で暮らす事になりました。織姫も牛飼いの心遣いで慣れない地上での生活になじんで行きました。織姫は天上では機を織る役目をしていたので、牛飼いの家でも、梭(ひ)を巧みに操り、機を織りました。織姫の織り上げる布は珍しいもので、牛飼いの家は豊かになって行きました。いつしか二人は心を通わせるようになり、何年か後には娘と息子をもうけました。幸せな日々が続きました。    

  しばらく後、牛が病気になりました。牛飼いは積み上げたワラのそばに寝込んだ牛の背中をさすって、悲しみました。
牛はそんな牛飼いに話しかけました。
「ご主人様、私はもうすぐ死んでしまいます。私が死んだら皮をはいで、かばんを作って下さい。そしてその中に黄砂を入れ、私の鼻の綱を外してしばり、いつも身に付けておいてください。そうすればご主人様が困った時いつでも手助け出来ます。」
牛はそう言い終わると亡くなってしまいました。
牛飼いは泣く泣く牛の言う通り皮をはぎかばんを作ると、その中に黄砂をいれ、鼻の綱でしばりました。
  牛飼いは牛の亡き骸を川の側に埋め葬りました。織姫は二人の子を連れ、悲しむ牛飼いの側に座って慰めました。星空の中、牛飼いは牛の事を織姫と子供たちに話しました。
寂しくつらい生活の中、よい友達であった事、自分を支えてくれた事、そして織姫との出会いを作ってくれた事を話しました。
織姫は牛飼いに「羽衣を隠したのはあなただったの?」と問いました。牛飼いは織姫に包み隠さずはなしました。そして羽衣を川の側の石の下に埋めた事も告げました。
織姫はその石の側にいくと羽衣を掘り出しました。羽衣は腐る事もなく、まっさらなまま、キラキラと不思議な光に輝いていました。
牛飼いはすこし怖くなりました。羽衣を手にする織姫の肩がこわばっているように思えたのです。
「織姫。」
牛飼いが織姫を呼ぶと、織姫は振り返りました。目には涙が溢れていました。
「織姫!」
牛飼いは織姫の手をつかもうとしました。しかし織姫は羽衣をまとうと空に舞い上がって行ったのです。

  牛飼いは驚いて二人の子を抱きかかえ、「牛よ!」と叫ぶとかばんを叩きました。すると牛飼いの親子は織姫と同じように空に舞い上がり、天を目指す織姫を追って飛んで行きました。
  牛飼いは織姫に手を延ばしました。すると織姫は髪にさしていた金のかんざしを抜くと、後にすっと線を引きました。その線は虚空を裂き、ドウッと水が溢れたかと思うと、おおきな川となり、二人の間を隔てました。
  牛飼いはもう一度「牛よ!」と叫びました。するとかばんの中から黄砂が溢れだし、土手が出来ました。
  牛飼い親子はその土手を走り、織姫を追いました。織姫はそれを見ると今度は梭(ひ)を取りだすと、土手に投げつけました。すると土手は崩れ、牛飼い親子はもう織姫を追う事が出来なくなってしまいました。
  牛飼いは「牛よ!」と叫びました。するとかばんを縛っていた綱が、するするっと延びて、織姫の手に絡みつき、二人を結びました。
「織姫!」
牛飼いは織姫を呼びました。織姫は牛飼いを見ると泣き崩れました。牛飼いは自分が織姫を苦しめた事を悟りました。もう何も出来ませんでした。ただ、織姫が泣きやむのを待つだけでした。

突然光がさしたかと思うと、杖を持ち白く長いヒゲをはやした一人の神仙が現れました。
「織姫よ、もう泣くのはやめなさい。私は天帝の命をお前達に伝えに来た。」
神仙は続けました。
「織姫よ、お前は川の東に住むがよい、牛飼いと子供たちよ、お前は川の西に住むがよい。離れ離れに暮らしてもお前達の縁が切れるわけではない。年に一度、お前達が会う事を許す。七月七日の夜に会うがよい。」

  それから織姫と牛飼いは天の川のほとりで暮らす事になりました。そして毎年七月七日の夜、織姫と牛飼いは一年に一度だけ会うのです。
  その夜、もし雨が降れば、それは織姫と牛飼いの涙だと言われています。

                 「牛飼いと織姫」

 
   
    天の川の由来は、織姫のかんざしが起源となっている場合と、瓜を切って天の川が出来ると言う瓜起源のものがあります。かんざし起源のものは、上記のようなお話のものと、難題型のお話で、牽牛があやまってかんざしを使い、天の川が出来てしまうと言うものがあります。
  「天の川に行った人間。」
    博望侯張騫(はくぼうこうちょうけん)という男が、漢の武帝に「天の川の源を探ってこい。」と命じられ、たくさんの食料を持って、海に漂う浮き木に乗りました。
  張騫は何日何ヶ月か、昼と夜を繰り返し、いつの間にか夜と昼の区別がつかなくなり、とある所に漂い着きました。
  側には大きな館があり、大勢の女が機を織っていました。しばらくすると一人の男が牛を連れ、水際にやって来て、水を飲ませはじめました。
男は張騫に気がつくと顔をまじまじと見てこういいました。
「驚いたことだね。 なぜ君はここにいるのかね?」
張騫が男に「ここはどこか?」と尋ねると、
男は、「お前は蜀の厳君平を知っているだろう?その男がここがどこか知っているよ。」と言いました。
張騫は何が何だかわからず、また浮き木に乗るともとの浜辺にたどり着きました。そして蜀の厳君平を訪ねると今までのいきさつを話しました。
「君が不思議な目にあった頃、空の天の川のほとりにある
斗牛に星が近づいた。君は天の川に行ったんだよ。」厳君平は、そう答えました。
                
            「天の川に行った人間」(博物誌)
   
    中国では天の川は地上の海につながっていると考えられていたようです。そして海に流れ漂う浮き木は、天界の住人が人間の世界と行き来するために使う乗り物、とされていました。
  願い事を書いた笹を川に流すと、それは浮き木となって天の川にいつかたどり着くかも知れませんね。