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三月ー花と少女の物語。
 
  鉢かつぎという変身。
 

  「シンデレラストーリー」というと、王子様に見初められて幸せになる、いわゆるタナボタラッキー!なお話のように思われていますが、それは表面的な見方に過ぎません。

  ユング的にはちょっと違うんです。

  ユング的に見ると昔話の登場人物は、人間のいろいろな側面を表していると考えられます。 二人のお爺さんが登場する時は、ひとりの人間(読者)の働き者の側面と怠け者の側面、そ
の未来を象徴してると考えられます。

  「シンデレラ」の場合、父親と母の死、そしてまま母の登場、という、父母の愛情の喪失、という側面と、主人公「シンデレラ」本人の母から受け継ぐべきもの、の喪失という側面を持ちます。二人の意地悪な姉(連れ子である無しにかかわらず)は、本人の負の側面、克服すべき感情などを表しています。

  シンデレラはまま母の登場により、下働きの女、としてつらい労働をしいられ、シンデレラの別名「灰かぶり」の状態に置かれます。 本人自身の輝き、または母から受け継いだもの、が隠れた状態、と言う事ですね。 シンデレラはその状態を「魔法使いのお婆さん」によって一時的に解かれます。「魔法使いのお婆さん」は彼女自身の直感、深層心理の働きを意味し、本人自身の回復作用、または心理的成長を暗示するもので、一時的に本来の輝きを取り戻したシンデレラは、伴侶となるべき男性、「王子様」と出会い、「時間」が来て、再び元の灰かぶりの状態に戻ってしまいます。

  輝きの消えた「シンデレラ」は、子供・未成熟な状態のシンデレラとも、本来受けるべき愛情を受けられないでいるシンデレラとも言えます。 その状態のシンデレラを発見できる存在、が「王子様」なのです。

  シンデレラが本来のシンデレラとなり、輝きを取り戻した後、物語はまま母と意地悪な姉に「罰」を与えるエピソードがあります。 これは、シンデレラの負の側面を罰する事で自分を律してる、と考えるのが妥当かもしれません。

  「シンデレラ」タイプのお話は日本にもあります。 代表的なものが「鉢かつぎ姫」と「うばかわ」でしょうか。 今回はお話として完成している「鉢かつぎ姫」です。

  「鉢かつぎ姫。前編。」
 

  昔、河内の国、交野のあたりに備中守さねたかという人がありました。 数々の宝物を持ち、何不自由なく、花を眺め、月を見、歌を詠み、詩をつくり、管絃に興じ、心静かに暮らしていました。

  ある時、さねたか公に奥方との間に姫君が誕生しました。 二人の喜びようは大変なもので、まるで神様からの授かり物のように大切に育てました。 常日頃、観音様を信心していた二人は、幼い姫君をつれ、奈良の長谷寺へ詣でて、観音様に姫君の行く末を祈りました。
  すると二人の夢まくらに観音様があらわれ、「もし姫が大きくなる前に母が亡くなる時は、鉢を頭にかぶせよ。」と奇妙なお告げをして消えました。 観音様の異様なお告げに、二人は胸騒ぎを覚えました。 しかし姫にも夫婦にも何事も無く年月が過ぎ、そのまま幸せな日々が続いて行ったのです。

  姫君は十三となりました。

  その年の秋、姫君の母は風邪をひき、次第に悪くなって行きました。 そしてついに床についたまま起き上がれなくなったのです。

母君は枕元に姫君を呼びました。
「もう少しで、嫁入りの年を迎えるというのに、このまま姫を残して行かなければならないのが、心残りでなりません。」
母君は姫君の美しい髪をかき上げながら、涙を流しました。 姫君も母の弱々しい様子に、涙をぽろぽろこぼして手を握りました。
母君は体を起こすと、枕元の手箱を開け、中から重そうな鉢をとり出すと、姫の頭にかぶせました。 その鉢は大きく、姫の肩まで隠し、顔は口元しか見えませんでした。 母君はその様子を見て安心したのか、わずかばかりに笑みを浮かべ、そのまま、ふっと息を引き取りました。 側に座っていた父君は驚き、「幼い姫を残してなぜ、なぜ逝ってしまうのか」と、あたりもかまわず泣きました。

  父君と姫君の悲しみの中、母君の野辺送りが終わりました。

父君は姫をそばによせ、頭に載せた鉢を取ろうとしました。 しかしただのせてあるはずの鉢が、取れません。 まわりの者と一緒に取ろうとしましたが、頭に吸い付いたか、張り付いたように、いくら引っ張っても鉢は取れませんでした。 「いかに長谷観音のお告げとは言え、このような事になるとは・・・。」父君は姫君の有り様に、どうしていいのかわかりませんでした。 父君は鉢の取れなくなった姫君をそばに置き、亡き妻を想う毎日を送りました。

  一族の者はそのような暮らしを放っておけず、備中守に後添えを勧めました。 父君は気乗りがしない様子でしたが、まわりの勧めもあり、いつまでも、こんな有り様では、姫君の慰めにもならず、後添えを迎える事を承知しました。

  新しい奥方は、姫君の有り様を見て、驚きました。 そして、長谷観音のお告げとして、亡き母親が頭に鉢をのせたとの噺を聞いて、大変薄気味悪く思ったのです。 姫君も新しい母になじめず、あい変わらす我が母を慕い、墓前に参る日々を送っていました。 奥方が新しい姫を産み、屋敷が明るくなっても、姫君は一人物思いに沈んでいました。 そんな姫君を見て、新しい奥方は姫君をますます疎ましく思うようになり、父君に姫の悪口を言うようになってしまったのです。 姫君はそんな自分の身の上が悲しく、ますます亡き母の墓前に通う事が多くなりました。 新しい奥方は、そんな姫君を、「自分たちの事を呪っているのではないか?」と疑いました。

  妻から毎日、姫の悪口を聞き、いっこうになつこうとしない姫を、父君も疑いはじめました。「あのようなあさましい姿となり、心まですさんでしまったのか?」 父君は姫を呼び、自らの疑いを問いただしました。 姫君は、父の疑いに驚き、答える事も出来ず大声で泣きました。

  私は父君にも疑われるものになってしまった、姫は父君の部屋を出ました。 そこには奥方が待っていました。 奥方は姫を捕まえると、着ていた美しい衣をはぎ取り古い着物を着せ、そのまま袋に押し込めました。 そして姫を屋敷から連れ出し、どこともわからない野の中の四つ辻に捨ててしまいました。

  薄暗い闇の中に、姫は一人さ迷いました。 西も東もわからない、草深い山の中を、当ても無く歩きました。 涙がとめどなく流れ、冷えた心が体を震わせました。 姫は、どこへ行くのでも無く、ただ歩いて歩いて、歩き続けました。 そして、いつしか川の端にたどり着きました。

  川は渦を巻き、流れが岩にぶつかって、どうどうと流れていました。 姫は小さな肩を震わせて、その流れをじっと見つめていましたが、両の手を胸の前で合わせると、そのまま川に身を踊らせました。

  激流は姫の体を飲み込むと、波を逆立てぶつけあいました。 姫は流れにまかれ流されましたが、どうした事か、鉢がぷかぷか浮いて姫の頭を水の上に出し、姫を水底に引き込ませませんでした。 そして水の流れは姫を岸の方へ押しやったのです。
 
  岸に打ち上げられた姫君は、しばらくそのままうずくまっていました。 死ぬ事も出来ない自分を知りました。 そしてふらふらと立ち上がると、また歩きはじめました。

  どれくらい歩いたでしょうか。 姫は人里に出ました。 姫の姿を見た人々は、口々に、「あの者はなぜあのような鉢をかぶっているのか?」 「山にうち捨てられた鉢が劫を得て変化したものだろうか?」と噂しあいました。

  そこに国司の山陰の三位中将と呼ばれる方が家来と共に通りかかりました。 中条殿は頭に鉢をかついだ姫をみると、若侍に連れてくるよう命じました。「お前はどこのものか?」 中条殿の問いに姫は答えました。「私は河内の国、交野で生まれ育ったものです。 母と死に別れゆく当ても無いまま、ここに迷っています。」
中条殿は、うむ、と少し考えた後、若侍達に姫の鉢を取るよう命じました。 若侍は姫の鉢を取ろうとして、おかしな事に気がつきました。 鉢は姫の頭に吸い付いたように、どうしても離れないのです。 ついには中条殿も姫の鉢に手をかけ、取ろうとしましたが、やはり鉢は取れなかったのです。

  おかしな事もあるものだ。 中条殿は姫の頭から鉢をとる事をあきらめ、姫にこれからどこへ行くつもりか?と尋ねました。 姫がどこにも当てはありませんと答えると、中条殿はしばらく考え込んだ後、何を思ったのか「我が屋敷に変わったものが一人いてもよい。」とおっしゃり、そのまま姫を自分の屋敷に連れ帰りました。

  中条殿のお屋敷は、姫のお屋敷におとらない立派なものでした。 屋敷での姫の仕事はお風呂番でした。 釜で湯を沸かし、風呂桶にその湯をうつす、とても大変な仕事でした。 お屋敷では日に何度も湯を変えねばならず、姫は朝から柴や薪を運び、水を汲み上げました。 仕事が終わると姫は疲れ果てて眠りました。
  まわりの者は鉢をかぶった姫を不審がったり、おもしろがったり、時には、あざけり笑い、からかっておもしろがりました。 姫はまわりの人を恐ろしいとも怖いとも思いました。 そして仕事の出来ない自分を知りました。 姫は心無い言葉に耐え、湯を沸かし続けました。

  中条殿には奥様の北の方と四人の御子がありました。 上から三人までのご兄弟はすでに御結婚されておりました。 末の君は御曹司と呼ばれ、学問を好み、夜遅くまで励まれておりました。

  ある日、御曹司は夜遅くにお風呂に入りに来ました。 姫は急いで支度をし、御曹司の湯殿に湯をはりました。 御曹司はゆったりお風呂に入り夜が更けて行きました。 「お湯をお足しいたしましょう。」 御曹司は姫の声に、「かまわないよ、入って来なさい。」と答えました。 姫は驚きましたが断る事も出来ず、湯殿の戸を開けました。 そして「御行水です。」と湯を差し出しました。
  御曹司はこの娘が父が連れ帰った鉢かつぎか、と思いました。 なるほど奇妙な鉢をかついでいるが、やさしい声に言葉、湯を差し出す手の白さ、たおやかな振る舞いに、好感を持ちました。 「背中を流してくれないか?」 御曹司は鉢かつぎに頼んでみました。 鉢かつぎは戸惑っている様子でしたが、小さくうなずきました。
  
  背を流してもらい湯殿から出た御曹司はそのまま鉢かつぎを見ていました。 鉢かつぎは湯殿を洗い、掃除をし、最後に自分の身を清めている様子でした。

  とうに夜半を過ぎていました。
  鉢かつぎは外に出ると月を見上げ、歌を一首、詠みました。

  「松風の空吹き払う世に出でて さやけき月をいつかながめん」

  そして鉢かつぎは湯釜の部屋に入ると明かりを消しました。
  眠ったようでした。
  御曹司はしばらく明かりの消えた小屋を見ていましたが、月を見上げると楽しそうに自分の部屋に戻って行きました。


  「鉢かつぎ姫。後編。」
 


  それから御曹司は鉢かつぎのもとに通うようになりました。

  御曹司は最初は鉢かつぎの仕事を遠くから眺めていましたが、鉢かつぎが柴を運んだり、水を運んだりするのを手伝うようになりました。 御曹司にとって、鉢かつぎとの時間は楽しいものでした。 御曹司の言葉に、鉢かつぎは利発に返してきました。 今まで会った女性のように、あいまいな答えはありませんでした。 ただ水を運ぶ、そんな時間でも、歌や言葉が生まれていきました。
  鉢かつぎは、母を亡くして以来、やっと言葉を交わせる人と出会えました。 今までまわりにいた人は、鉢をかついだ自分を、興味深そうに見たり、笑ったり、からかったりする人ばかりでしたが、御曹司は違うようでした。 確かに最初は鉢をかついだ自分が目についたのかもしれませんが、御曹司の言葉にはトゲがありませんでした。 そしてその言葉がすこしづつ変わっていく事のも、わかりました。

  御曹司との時間は鉢かつぎが元の自分に戻れる時間でした。 つらい仕事の間でも、つらいと感じませんでした。 指に食い込む桶の重さも、釜焚きの煙も炎も、その向こうに 自分を見つめる人がいました。 これまで、気がつかなかったあたりの様子がわかるようになりました。 母と過ごしたお屋敷と同じように、いろんな草花がありました。 四季のうつろいが、ここにもありました。 あの時と同じような優しい気持ちが沸き上がってきました。 御曹司といると、そんな気持ちがあたりに広がって行くように感じました。 そしていつまでも言葉があふれていきました。

  いつしか鉢かつぎの部屋には御曹司から送られた黄楊の枕と横笛がありました。

  鉢かつぎと御曹司の間は深まっていきましたが、 御曹司がいつも鉢かつぎの元に通えるわけではありませんでした。 鉢かつぎも「行水の用意をしろ。」と湯殿奉行に追われました。 忙しい時間の中、ときおり鉢かつぎはあたりを探しました。 そんなしぐさが人の目に止まるようになりました。
  鉢かつぎは柴をくべながら御曹司を想い、歌を詠んでしまいました。

  「苦しきは 折りたく柴の夕煙 恋しき方へなどなびくらん」

  それは湯殿奉行の耳にも届きました。 「鉢かつぎは声も、笑う口元も、手足も、屋敷の女房達より美しいが、頭を見れば奇妙なものが乗っかって、鼻より上は見えん。 あのような女の男になるとは、どのような男か? 皆の者の笑いものになってさぞ恥ずかしい思いをするぞ。」
  奉行達は鉢かつぎの男を見つけて笑いものにしてやろうと、湯殿の影に隠れ、男の現れるのを待ちました。 御曹司は湯殿の傍らに隠れる男達を見つけました。「何をしているのだ?」御曹司の言葉に奉行達は、鉢かつぎの元に通う男を見つけ、二人そろって笑いものにしてやろうと待っています。と答えました。 御曹司はしばらく、黙っていましたが、「うむ、そやつを見つけたら大笑いしてやれ。」と奉行に言いました。 奉行達は「しかと心得ました!」と答え、湯殿に向かう御曹司に頭を下げました。

  奉行達は御曹司の言いつけ通り、鉢かつぎの男が現れるのを待ちました。 御曹司はゆっくりと湯につかっていました。 御曹司も湯殿から鉢かつぎの男を笑うのであろうと口々に話していました。 すると湯殿から御曹司が現れ、そのまま鉢かつぎの小屋へと歩いて行きました。 そして戸口に立つと振り返り、「どうした? 大笑いせぬか。」と言うと、鉢かつぎの小屋へと入っていきました。

  奉行達は何が起ったのかわかりませんでした。 しばらくして、鉢かつぎの男が御曹司である事に気がつくと、 そこにいた誰もが、青くなりその場にへたり込んでしまいました。

  翌朝、湯殿奉行は御曹司に呼ばれました。
  御曹司は振り向きもせず、「これから先はお前達が湯殿の世話をせよ。」と言いました。 奉行は生きた心地もせず、ただ御曹司の前で地面に頭をこすりつけるしかありませんでした。

  奉行が湯殿に走ると、小屋にはもう、鉢かつぎの姿はありませんでした。

  御曹司の屋敷は大きくはありませんでしたが、庭の広いお屋敷でした。 竹林の向こうにあるため、竹の屋敷と呼ばれていました。 普段、勉学をする御曹司は、屋敷に人を入れておらず、用のある時だけ、父の元の女房を頼んでいました。
  鉢かつぎはそこに南向きの部屋を与えられ、座っていました。 昨夜、湯殿の小屋から御曹司に連れてこられたのでした。 何が起ったのか、鉢かつぎにはわかりませんでした。 軒に梅の花が咲き、暖かな日差しが鉢かつぎを包んでも、ただ一人、寂しく、何ものも鉢かつぎの瞳には映りませんでした。

「お前があのような中にいたというのに、気がつく事も出来ずに放っておいてしまった。 すまなかった。」 いつの間にか御曹司は臥所のそばに立っていました。 そして鉢かつぎに謝りました。 鉢かつぎは御曹司を見ました。 「これより先は、お前は私の側にいてくれないか。 なんの心配もいらない、ただ側にいてくれるだけでよい。」
鉢かつぎはその言葉を聞くとうつむいてしまいました。 御曹司は鉢かつぎの側にすわり、静かに待ちました。 鉢かつぎは押し黙っていましたが、しばらくすると御曹司に答えました。
「父からも、母からも・・・私を、私をつないでいた糸は、皆切れてしまいました。 亡きお母様を思ってお側に生きたいと思っているのに、私は死ぬ事さえも出来ず、ただこうして生きているだけなんです。」
御曹司は鉢かつぎを見つめて言いました。
「だからだよ、鉢かつぎ。 私の側にいてくれないか?」
鉢かつぎは顔を上げ、御曹司を見ました。
「私もお前と同じ、かわりゆく世にただ生きてるだけなんだ。 生まれ出でて今は御曹司と呼ばれているが、いつ神や仏を怨むとも限らん。 それとも知らず人を苦しめ、嘆かせているとも限らぬ。 その報いを受けたとしても、償うすべすらわからないんだ。 私もただお前と同じように、ただ生きていただけなのだよ。」
御曹司は言葉を続けました。
「鉢かつぎ、私をつなぐ糸はお前なんだよ。 二十歳を超える今の今まで私の心をつなぐ糸はなかった。 この河内国にもいなかった。 京の都にもそんな人はいなかった。 私が、出会った人の中で、ああこの人だと思ったのは一人しかいない それは、鉢かつぎ。 お前なんだよ。」
鉢かつぎはじっと御曹司を見つめていました。 御曹司もそのまま鉢かつぎの前に座っていました。 ずっと昔、こんなふうに二人でいたように思いました。

  それから鉢かつぎは、御曹司の側にいました。 身の回りの世話をし、御曹司の勉学の間、一緒に本を読み、歌を習いました。 御曹司が出かけた後はじっと帰りを待ちました。 月の満ち欠けが重なるように、二人の時間が重なって行きました。


  しかし湯殿から消えた鉢かつぎが竹屋敷にいる事は、あっと言う間に広がりました。 家来達も女房達も、なぜ御曹司が鉢かつぎを大事にあつかうのか、わかりませんでした。 人を好きになる事に貴賎はないが、あの鉢かつぎが御曹司を思うなど、不心得な事となじりました。
  その噂は御曹司の母、北の方にも伝わりました。 北の方は御曹司の乳母、冷泉(れんぜい)を呼び、問い正しました。 「うわさは本当の事です。」 冷泉の言葉に驚いた北の方は、しばらく言葉もありませんでしたが、御曹司に鉢かつぎと別れるよう計らえ、と冷泉に命じました。
  冷泉は竹の屋敷に行くと、御曹司と世間話をした後、それとなく鉢かつぎとの仲を解消するよう諌めました。 「若様、まことの事とは思いませんが、小者どもが若様と湯殿女との仲を噂しあい、それがお母様の耳に入り、心をお痛めになっております。 もしや、噂が本当ならば、お父様のお耳に入る前に、 鉢かつぎとか申す者を、どうぞ追い出しくださいまし。」 すると御曹司は、わかっていたかのように、冷泉に答えました。 「それは私には出来ない事です。」 冷泉は驚きました。 父母の言う事は絶対。 それに加えて御曹司は親思い、乳母の自分をも母同様にいたわる御子。 冷泉は御曹司が何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。
「私たちの仲は、浮ついた気持ちのものではありません。 同じ木陰に難を避け、一つの椀で川の水を分け合って命をつなぐ者、 たとえ親の御不審を買い、勘当を受け無間の闇にさ迷おうとも、深い海の底に沈もうとも、想いあう者どうしなら何を苦しいとするでしょうか。 もし、父上の手にかかるとしても、鉢かつぎの間のことが原因なら、命を失う事になっても惜しいとは思いません。 私は鉢かつぎを捨てようとも、追い出そうとも思いません。 二人でどんな山奥でも、野の果てでも一緒にいられれば本望です。」

  冷泉から御曹司の決意を聞いた北の方は、息子達に相談しました。 御曹司の兄上達は、入れ替わり立ち替わり御曹司の元を訪れ、御曹司の気持ちを聞いたり、さとそうとしましたが、 御曹司の決意は固く、一向に言う事を聞こうとしませんでした。 その間に御曹司と鉢かつぎの噂は、近隣の人の知るところとなり、もはや、とどめようもありませんでした。
「鉢かつぎはいったいどんな化け物なのですか? このまま息子を失うような事になったら、と思うといてもたってもいられません。 冷泉、どうしたものでしょうか?」
北の方は冷泉と二人、困り果てていました。 こんな事になるとは、思ってもいなかったのです。 冷泉は、はっと思いつきました。
「嫁くらべをしてはいかがでしょうか?」
「嫁くらべ?」
「はい、嫁くらべです。 兄君の嫁御様達と嫁くらべをするのです。 御曹司は鉢かつぎの事となると、いちずで人に噂されようが恥ずかしいとも思わぬご様子。 けれども大勢の者の前で兄君の嫁御様と鉢かつぎめを競わせれば、 当の鉢かつぎが恥をかくのは必定、自分から出て行くかもしれません。」
北の方はしばらく考えた後、嫁くらべを催す事に決め、御曹司と兄君達に伝え、人々にふれました。 家来や女房達は、あの鉢かつぎが兄君の奥方達と何を競うのか、面白そうに噂しあいました。

  鉢かつぎにも御曹司にもその噂は届いていました。 鉢かつぎを大勢の人の前で笑いものにし、追い出そうとしている、御曹司は鉢かつぎをそのような目にあわせられませんでした。 鉢かつぎは、御曹司が自分を守ろうとすればするほど、御曹司自身が追いつめられていくように感じていました。 自分一人が笑われるならまだしも、御曹司も同じように笑われるのは、耐えられませんでした。
  その時がくれば御曹司は私を連れて家を出てしまう。
心の優しい御曹司にお父様やお母様を悲しませるような事をさせるのが、つらくてたまりませんでした。


  夜が明ければ嫁くらべの日でした。 出来る事はひとつしかありませんでした。 鉢かつぎは黄楊の枕と横笛を持って、そっとお屋敷を抜け出しました。 竹林を抜けて、鉢かつぎはお屋敷を振り返りました。 お屋敷が白んできた空の中にありました。 もうすぐ夜が明けかけていました。
「行こう。」
突然の声に、鉢かつぎは驚きました。 御曹司が側にいたのです。
「・・・私一人で行きます。 もし、もしあなたとの契りが深いなら、どこかで必ず巡りあう事もあるでしょう。」
鉢かつぎは御曹司に言いました。
「・・・今離れても、私は君を追いかけて行くよ。 今日離れても明日にはまた会おう。 明日もし離れてもその次の日にはまた会おう。 その次の日も、その次の日もまた会おう。 君がどこに行こうが私は決して離れないよ。」
そう言うと御曹司は鉢かつぎの手を取りました。 帰るところはありませんでした。 行く当てもありませんでした。 ただ御曹司の手があるだけでした。 鉢かつぎは顔をあげると御曹司の手をしっかり握り返しました。

  その時です。
トウッっという音とともに鉢かつぎの頭にあった鉢が、地面に落ちました。 鉢の中にあった長い髪が、竹林を中に差し込んできた朝日を散らしながら、ふわりと羽のようにひろがりました。
  今まで鉢かつぎを覆っていた鉢の陰は消え、光の中にやさしい瞳がありました。 その姿、顔形は、今生まれたばかりの蝶のように輝いていました。
  
御曹司はもう一度鉢かつぎの手を取ると言いました。
「どこにも行く事は無い。 嫁くらべの席へ。 行こう。」
二人は落ちた鉢を持ち、お屋敷へと向かいました。

  落ちた鉢は二段重ねになっていました。 そしてその間に、金の丸かせ、銀の子提子、砂金作りの三つなりの橘、銀つくりのけんぽの梨、十二単の小袖、紅の千入(ちしほ)の袴、数々の宝物が入っていました。
  鉢かつぎ姫は母の用意した小袖に手を通し、数々の宝物で身を調えました。 ひとつひとつが、亡き母の思いでした。 それは姫の心をより強くしていきました。


  すでに夜は明けて、嫁くらべの席は整っていました。 兄君達とその御嫁の姫君は静かに鉢かつぎの現れるのを待っていました。 三人の姫君は、それぞれ上から二十二、三。 二十。 十八。 皆美しい衣装を召し、たくさんの引き出物を携えていました。 ひな壇に並ぶ様はまるで雛人形のようで、美しさを競っていました。
  そのはるかに下がった所に破れた畳が一枚置いてありました。 鉢かつぎの席でした。 そのまわりには家来や女房達が、鉢かつぎを笑ってやろうと待ちかまえていました。

  上座に座る御曹司の父君、中条殿は顔をしかめました。「嫁くらべなどせずとも、良い悪いなど知らぬ顔をして、あの二人を、そっとしておいてやれぬのか?」そう、兄君達にささやきました。「されど父上、あのようなものを一門と同じ席にはかなうはずがありません。 鉢かつぎめ、逃げようと思えば逃げ出せたものを、ただ恥をかく為に出席しようとは、弟も何を考えているのか。」そう言うと兄君達は黙ってしまいました。 中条殿はよけい不愉快な顔となり、北の方も冷泉も弱り果てていました。
    
  御曹司の元から使いの者が帰り、今から参ると中条殿に知らせがありました。 家来や女房達はいよいよ鉢かつぎを笑う時が来たと、ざわめきたちました。
  戸が開き、御曹司が現れました。 その手に引かれ、鉢かつぎがそっと現れました。 人々はあっと、どよめきました。 そこにはかつて見た鉢かつぎではなく、見た事もないような美しい少女が立っていました。 黒い髪は、十二単の衣より長く、その姿は五色の光の中から現れた天人とも見まごうばかりでした。 家来達も女房達も、その姿に息を呑み、あざける事も出来ませんでした。

  鉢かつぎの姫は御曹司を見ると、一歩、また一歩と歩みを進めていきました。 まわりにはかつて自分をあざけり笑った者たちばかりでした。 今はただ、御曹司の手に引かれ、破れた畳へと進んでいくだけでした。

「鉢かつぎの姫よ、そこに座るにおよばぬ。 我が側にすわられよ。」
中条殿が鉢かつぎ姫に声をかけました。 誰もその言葉に異を唱える事が出来ませんでした。 姫は御曹司の顔を見ました。 御曹司は姫に微笑むとそのまま姫を父君の側へと導きました。

父君のそばに座る姫は、あまりに愛らしく、いとほしい姿でした。 御曹司もほっとした様子で、姫も落ち着いた様子でした。 父君、母君のまわりには姫よりの引き出物が届けられました。 それは銀の台に載せられた、亡き母が鉢の中に隠した数々の宝物でした。 また御曹司より金十両、唐綾、小袖三十かさね、唐錦十反、巻絹五十疋、染め物百反が積まれ、それは見事なものでした。

  兄君達も噂とは程遠い姫の姿に言葉を失っていました。 天人とも思える姫ならば、弟が言う事も道理、反対する理由はありませんでした。
  しかし兄嫁達はうろたえてしまいました。 笑いものにするはずのものに場を奪われ、収まりがつきませんでした。 見た目が美しくとも、心根、技量はわからない。 「私たちと和琴を合わせてみなさい。」 そう言って、上の嫁御は琵琶、中の嫁御は笙、下の嫁御は鼓を持ち、姫に琴を勧めました。
  湯殿の女に琴などひけるはずが無い。 そんな思いがありました。 御曹司はこれ以上の争いは無益と、姫の手を引いて帰ろうとしましたが、姫は御曹司に手を握ると、「大丈夫です。」と琴の前に進みました。

  四人の楽が始まりました。 琵琶、笙、鼓にあわせ琴の音が続きました。 一段、二段、三段と、よどみなく琴の音、調べが続きました。 姫の琴の音は冴え渡り、次第に鼓の音さえ聞こえなくなりました。 そして五段に入る頃には、みな静かに姫の琴の音に聞き入っていました。
  御曹司は笛をとり出すと姫の琴に合わせました。 かつて母と合わせた琴でした。 今は御曹司と心を合わせてひきました。 そこには御曹司の父君、母君、兄君達、姉君達がいました。 姫のひく琴の音がひとりひとりの心へと伝わっていきました。

  姫が琴をひき終わりました。 すでにわだかまりも消えていました。 父君も母君も兄君も姫を褒め、そして兄嫁達も、よい妹が出来たと喜びました。 こうして鉢かつぎの姫は、家族からも御曹司の御嫁御として迎えられました。 姫には乳母の冷泉を筆頭に、二十四人の女房がつけられました。


  「姫はただ普通の人とは思えないが、どこか名のある人の姫ではなかったのか?」
ある時御曹司がそう尋ねました。 姫もありのままに語ろうと思いましたが、まま母との事を考えると話す気になりませんでした。 そのまま母の菩提を弔いながら、御曹司との生活が続きていきました。 御曹司は宰相となり、中将の跡を継ぐ事になりました。 穏やかな暮らしの中で、子を一人、二人と、次々にもうけました。 この子達を故郷の父にみせたい、そんなふうに思う事が、日々の折節にありました。

  宰相殿は帝の御意により、大和、河内、伊賀の三カ国を賜りました。 これも姫を守りし長谷観音のおかげと、宰相殿は姫若君共々長谷観音へ御参りに出かけました。 長谷観音は以前と変わりありませんでした。 姫は母と同じように若君の手を引くようになっていました。 

  お堂の前に来ると、長谷観音を一心に念誦する声が聞こえてきました。 姫には聞き覚えのある声でした。 姫は急ぎ走りました。 一人の修行者がありました。 姫はその修行者の前に座り見つめました。
「鉢かつぎの姫です。」
その老人ははたと経をやめると振り返りました。 父御前でした。
「鉢かつぎの姫か?」
「はい。」
姫は父に答えました。 父の瞳からは涙がこぼれていました。
「ひとえに、観音のお導きなり。」
十年ぶりの再会でした。
  姫が消えて河内の家は次第に衰えていきました。 女房達も逃げ去り、父御前と継母御前の仲も悪しくなりました。 そして父君は修行者として家を出られたのだそうです。 初めていきさつを知った御曹司、宰相殿は、父御前のために河内に御殿を建て、一人の若君とともに父御前を河内の主としました。

  思えば道の葉の露のような、はかない日もありました。 消え去りそうなこの身に、寄り添う者がありました。 自らをつなぐ糸が見えなくなった時もありました。
  それが今はっきり見える、宰相殿の側で姫はそう思いました。

                     「鉢かつぎ姫」


   
    「御伽草子」では鉢かつぎ姫は「鉢かつぎ」と表題がつけられています。「シンデレラ」と大きく違うのは"嫁くらべ"の部分があるという事でしょうか。 "嫁くらべ"のエピソードを持つお話は類型が多く、「花世の姫」「うばかわ」「嫁くらべ」と多くのものがあるようです。

  シンデレラの「灰かぶり」の時間、「鉢かつぎ」の時間は、心理学上、重要な時間と考えられています。 一般的な感情では苦しい時間は避けるべきものです。しかし、その時間でしか見えないもの、経験できない事があるのも、また事実です。

  苦しい時をいかに充実して過ごすか、
  苦しみの中から自分自身で何をつかみ取るか。

「鉢かつぎ姫」の中にも「シンデレラ」中にもそんなメッセージが込められているのです。

     2005.05.22(2006.08.26改稿)
                  槻篠慧一
     
  ◆補記
  ◆慶応義塾大学「世界のデジタル奈良絵本」データベース
 http://dbs.humi.keio.ac.jp/naraehon/index.html

 
◆ 絵本・参考図書 ◆
           
       
はちかつぎは上巻に収録。