お話歳時記 お話を見て書いて創るサイト お話歳時記
お話歳時記創作情報デジタルコンテンツメルマガwww.pleasuremind.jp TOP
十月ー亥の子突きと動物のお話。


 十月ー亥の子突きと動物のお話。 おくんち。 亥の子祭り。 亥の子突き。 
十日夜(とおかんや)と案山子上げ。 お十夜。
 狼の眉毛。 聞耳頭巾。 雀、雀。
 ネズミの浄土へころころりん。 猫とネズミの草紙。
 山の神の靱(うつぼ)。 猿正宗。
 しっぺい太郎の猿神退治。 日本の猿神伝説。 中国の猿神伝説。

 
  ネズミの浄土へころころりん。
    「古今著聞集」巻二十に、「安貞の頃(1227)矢野ノ保という荘園の人里より一里程離れたところで、「桂はざまの大工」と言う網人(漁師)が、網を曳こうとしていると、黒島のほとりの水面がおびただしく光るのを見て、魚と思い曳いた所、それがことごとく鼠であった。鼠は浜に曳き上げられると、みなちりぢりに逃げうせ、 以来島では鼠が満ち満ちて畑の作物を食い荒らし、耕作が出来なくなってしまった。」という記録があります。

  鼠は野ネズミ・家ネズミとも泳ぐらしく島にネズミが渡り、その島から人間を追い出すほど繁殖することが多くあったようです。
  山口県東部、大島群島の南方にある片山島、方山島の東・端島、伊予の黒島、広島県倉橋島南方の葉山島にも同様な記録が残っていて、十九世紀始めの頃、橘南谿(たちばななんけい)の記した「西遊記」後編には、「肥後と天草の間、海中に小さき島あり。いかなることにや、此島(この島)には鼠昔よりおびただしく、もとより小さき島なれば人も住まず、ただ鼠のみなりといふ。この海を通ふ船にては、三味線を引く事を船頭堅く留めて許さず。もし此辺(このへん)にてこの禁を犯せば、必ず波風大きに起りて危き(あやぶき)ことあり。 三味線は猫の皮にて張りたるものなれば、鼠の忌む故なりとぞ云々」とあります。
  ただのネズミ?とあなどれないこの猛威、一味違うんです。

  奄美大島ではネズミは一つの神様でテルコ神の使いだとされています。毎年二月にナルコテルコという神を御迎え申し、四月に御送り申す厳粛なお祭りがあり、この神はもと一つの神を、ナルコ、テルコと二通りの呼び名をしていたものが、ナルコ神を山の神、テルコ神を海から来る神と解するようになると、鼠はニライ・カナイという海上はるかかなたの神の世界からテルコ神のお使いとして、海から渡って来たと昔の人は考えていたようです。
  また、鼠の元祖は天のテダ、または大テダという日輪の神で、テダの子の一人にオトヂジョという神があり、この神の産んだ子、または出来損ないの子であるともしています。
  そのためこのあたりでは、だいたい旧暦八月以後の甲子の日を、鼠のための物忌みの日とし、鼠と言う言葉を使わず、鼠の姿をみたら害があるとし、一日中野原や畑にも出ずにいたそうです。

  記紀神話でのネズミの登場は古事記中、大穴牟遅神が根の堅州国で、須佐之男命に野に放った矢を取ってこいと命じられた際、鼠が火に囲まれ逃げ場を失った大穴牟遅神を「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言って地下の穴に導き、また矢を口にくわえて持って来て助けた、というかたちで登場しています。大穴牟遅神はこの後、須佐之男命から大国主命と名づけられ、国造りを始めます。つまりねずみは大国主命の大恩人なわけですね。

  民間では、ネズミはその子だくさんからかオフクサン、ヨメサマ、大黒様の家来で、時折小判を口に帰ってくるとか、人間の言葉がわかっていて柱の陰や天上で盗み聞きをしているとか、身近な小動物らしく、いろいろな名前やお話が残っています。
  「ねずみの浄土. 
    ある所に与兵衛とおふさという仲の良い老夫婦がおりました。
与兵衛さんは、朝、目を覚ますと、「ほい、ほっほっ、ほい、ほっほっ。」と体を動かし、おふささんとあさげをとりました。与兵衛さんは箱膳に箸をしまうと、「ではら、おふさ、いってくら。」といいます。するとおふささんは「はい、いってくらせ。」とおにぎりを三つ渡します。
  こうして毎日、与兵衛さんは、おふささんの握ったおにぎりをもって山や畑に出かけました。 

  春、彼岸の日、与兵衛さんは山菜を取りに山に入りました。しょいカゴの中に、ぜんまいやら蕨やら、たくさんとれたので、ちょうど良いあんばいの石に腰掛けて、お弁当をひろげました。
するとおにぎりがひとつ、与兵衛さんのひざから転がり落ちました。
「ああっ、おふさのおにぎりっ。」
おにぎりはコロコロコロところがっていき、与兵衛さんはあわてて追いかけていきました。
「おにぎり 待て待て ほいほっほ。」
「コロコロ コロリン コロコロリン。」
「待て待て おにぎり ほいほっほ、待て待てほっほ 待てほっほ。」
「コロリン コロコロ コロコロリン。」
おにぎりはコロコロと草むらをころがり、木の枝をぴょ〜んとはね、はらっぱのタンポポを飛び越えると、切り株の下にある穴に転がり落ちました。
     
  与兵衛さんは切り株の穴に手を入れると、おにぎりを探しました。穴の中は広く、与兵衛さんの手はどこにも届きませんでした。与兵衛さんが不思議に思っていると、
「コロコロ コロコロ おにぎりこ。もっとくれろ、もっとくれ。」と穴の中から聞こえてきました。
不思議に思った与兵衛さんは、おにぎりをもう一つ、穴の中に入れました。するとおにぎりは、コロコロと転がって、穴の中に消えていきました。
しばらくすると、また穴の中から声が聞こえてきました。
「コロコロ コロコロ おにぎりこ。 うんめぇかった、うめかった。じじさ、こっちにおいでくらっせ。」
与兵衛さんは、どこから声がしたのかと、穴の中をのぞきました。しかしあたりは真っ暗で何も見えません。与兵衛さんはもっとよく見ようとぐいっと身をのり出しました。その瞬間、与兵衛さんは穴の中へコロコロコロと転がり込んでしまいました。
しばらくすると与兵衛さんは、穴の底にいました。そこにはお地蔵様がおられました。
「ほへっ? お地蔵様がおらを呼ばれたのすか? なら、おにぎりを転がすて失礼すますたの。ここにもうひとつ、泥のついてないおにぎりがあるすけ、どうぞ、ゆるしてくらせ。」
与兵衛さんは残っていたおにぎりをお地蔵様に供えました。すると、穴のおくからもう一度、与兵衛さんを呼ぶ声がしました。
「じじさ じじさ うめかった。 こっちにおいで、おいでくらっせ。じじさ、じじさ、おいでくらっせ。」
与兵衛さんはびっくりしてお地蔵様を見ました。するとお地蔵様は目を開けられると、
「与兵衛さん、与兵衛さんを呼んだのは私ではない。この穴の奥に住むものがよんだのじゃ。」
「お地蔵様。」
 与兵衛さんはお地蔵様が話されたのできょとんとしました。
「よいか、与兵衛さん。この奥に行きなされ。しかし、けっして猫の鳴きまねをしてはいけませんよ。」
お地蔵様はそう言うとまた目を閉じられました。
与兵衛さんはしばらくぼんやりしていましたが、
「わかりますた、お地蔵様。」と言うと奥の方へ向かって歩いていきました。
しばらく歩くと穴の中が薄ぼんやりと明るくなってきました。するとまた、声が聞こえてきました。
「じじさ、よくおいでくらさいました。」
与兵衛さんは声のする足下を見ると、ネズミが三匹頭を下げていました。
「わしを呼んだのは、おめさま達かね?」
「はい、わたすたちです。 おにぎりこ、うめかった。ちょど、まま焚くひまもなくて困っておりますた。ありがたくいただきますた。」
与兵衛さんが耳をすますと。チュチュチュ、チュチュチュと、ちいさな泣き声がします。
「おらとこのムスメッコが三人。」
「おらとこのムスメッコも二人。」
「おらとこなぞ五人もムスメッコが産気づいてすもて、今、やっとこさ産み終えたばかりっさ。」
「・・・それは難儀な事ですた。」
与兵衛さんはネズミ達の話にすこしびっくりしました。
「で、じじさ、これからお祝いのお餅つきをしますさ。じじさも一緒にお祝いしてもらえねだろかね?」
「ああ、いっしょにお祝いさせてくらっせ。」
与兵衛さんは、目を細めて答えました。するとあたりにぽつぽつちいさな明かりがつきました。それはネズミのぼんぼりでした。穴の中にはたくさんのネズミの家があり、
のきが幾重にも重なって、京の都がすっぽり穴の中にはいっているようでした。そこからゾロゾロたくさんのネズミが出てきて、お祝いの餅つきが餅つきがはじまりました。
「にゃんごおらねば、ネズミの世ざかり、
 ほいほいポンポン、ほいポンポン。
 鈴の音ならねば、ネズミの天下、
 ほいほいポンポン、ほいポンポン。
 百になっても、二百になっても、にゃんごの声などきぎだくね。
 ほいほいポポポン、ほいポポポン。」
つき終わったおもちは姉御かぶりのネズミ達が、小豆餅だの麦こがしだの、いろんなおもちをポコポコと、次々に作っていきました。
   
  与兵衛さんはネズミのあまりの数の多さに目をぱちくりし、次々につきあがるおもちに、またまたびっくりしました。しばらくすると、ムスメッコのネズミ達が赤ちゃんを連れて与兵衛さんに挨拶に来ました。赤ちゃんネズミは、「ちゅ。」と鳴きました。一匹、二匹、三匹と、「ちゅ。」「ちゅ。」「ちゅ。」と鳴きました。 十人のムスメッコの赤ちゃんたちは、全部で二百四十八おりました。与兵衛さんは、ネズミ達と一緒に小さな小さなおもちを食べ、赤ちゃんネズミのお祝いをしました。
さっきの親ネズミが三匹、大判やら小判やら金銀の大粒小粒を持ってきました。
「じさま、これはおもすろうて引いては来たものの、わすらには使い道の無いものです。持って帰ってつこうてくだされ。」
そう言ってネズミ達は与兵衛さんを家まで送りました。家に帰ると与兵衛さんはおふささんに、ネズミのお産の話をしました。するとおふささんは、次の日からおにぎりをおじいさんの分と、赤ちゃんネズミの分を作って、与兵衛さんに渡しました。

  それから与兵衛さんは毎日穴の前におにぎりを置いておくようになりました。与兵衛さんがおにぎりを切り株の穴の前に置いておくのを見て、隣の弦蔵おじいさんは不思議に思いました。そして婆さまに、与兵衛さんは、なんしてあんな事をするのか、隣へ行って聞いてこいと言いました。
  そしておふささんからネズミのお産の事を聞くと、自分もちょっくらマネしてみべえと、婆様におにぎりこさえてもろうて、穴の前に行きました。
  弦蔵さんは与兵衛さんの置いたおにぎりをはねのけると、自分の持ってきたおにぎりを穴の中に転がしました。するとおにぎりは入り口の所にべちゃりとつぶれてしまいました。
  腹を立てた弦蔵さんはつぶれたおにぎりを穴の中にけり入れました。弦蔵さんはしばらく耳をすませていましたが、何も聞こえて来ません。弦蔵さんはおにぎりをもう一つとりだすと穴の中に蹴り入れました。すると足下が崩れ弦蔵さんは穴の中にどどどどっと落ち、何かにごつんと頭をぶつけました。
「あたたたたたた。」
弦蔵さんは頭をかかえてました。見るとぶつかったのはお地蔵様でした。
「なすてこげなとこにお地蔵さんがおる?」
弦蔵さんは頭をかきかき残ったおにぎりを自分で食べてしまいました。
すると弦蔵さんの後で、お地蔵様が目を開けられ、
「弦蔵さん、けっして猫の鳴きまねをしてはいけませんよ。」
と言ってまた目を閉じられました。弦蔵さんは誰が何を言ったのかわからず、きょとんとしていました。
すると穴の奥の方から声が聞こえてきました。
「にゃんごおらねば、ネズミの世ざかり、
 ほいほいポンポン、ほいポンポン。」
話に聞いたネズミのもちつき歌でした。弦蔵さんは声のする方へ頭をゴンゴンぶつけながら進みました。弦蔵さんが穴の奥にいくと、たくさんのぼんぼりの下に、着飾った小さなネズミ達がたくさん、千歳飴を持って座っていました。
その前でネズミ達が大勢でおもちをついていました。どうやらネズミの七五三のようでした。
「鈴の音ならねば、ネズミの天下、
 ほいほいポンポン、ほいポンポン。
 百になっても、二百になっても、にゃんごの声などきぎだくね。
 ほいほいポポポン、ほいポポポン。」
弦蔵さんはここが与兵衛さんの来た所だと思いました。ここには小判や金銀の大粒小粒がたくさんある。弦蔵さんはハッとしました。そうだ猫の鳴き声をするんだ。
弦蔵さんは大きな声で猫の鳴きまねをしました。
「うにゃあぁあぁ〜〜〜っごぉ。」
歌がぱたっとやみ、ぼんぼりの明かりが消えてあたりが突然真っ暗になってしまいました。
「・・・・・・・あっ。」
弦蔵さんがびっくりしていると、 暗やみの中に、ネズミ達がチュチュ〜〜〜ッと、どこかへ走り去る声が聞こえました。
弦蔵さんは真っ暗な穴の中でぽつんと一人、もうどうにもなりませんでした。

  弦蔵さんは次の日、おにぎりをもってきた与兵衛さんに助けだされました。
与兵衛さんは切り株の中に入って見ましたが、中は崩れていて、もう先には進めませんでした。お地蔵様もネズミ達もみつかりませんでした。
「ネズミ達はどこに行ったのかね?」
与兵衛さんはおふささんに聞きました。
おふささんはお茶をすすりながら、
「もしかすたら、また、どこかの切り株の下で、にゃんごの声などきぎだくね。と、おもちをつきながら歌ってるかもすれねぇな。」と答えました。
  天井裏から「ちゅ〜。」とネズミも答えました。
   
                   「ねずみの浄土」
   
    「ねずみの浄土」は「鼠浄土」「団子浄土」などと呼ばれ、近年では「おむすびころりん」という名前の方が通りが良いようになりました。
  昭和五年版「日本の昔話」柳田国男の「団子浄土」では、ネズミのかわりに鬼が登場、「瘤取り爺さん」の後半部分の型を取っています。
  また新潟県の採取例のように、「鼠と木挽きは引かねば食んね、十七八なるども、猫の声は聞かないしちょはちょちょ」という実際の民謡が取り込まれているものもあるそうです。
  人里近く地下にネズミの世界があるという観念は、古くからあり、室町時代の「鼠の草子」「かくれ里」にもすでに克明な描写があるそうです。

  古事記の根の堅州国は一般に地中と思われていますが、"根"は根源の国という意味で、根の国、底の国(「大祓詞」中の異称)は、さいはてを意味し、はるか果てにある堅い州の国という意であると考えられます。古事記の世界観では、根の国も黄泉ひら坂も葦原中国も同じ"クニ"の世界であり、鳥取県の向こうの島根県、島根県の向こうの福岡、隠岐というイメージであり、最近の研究では「根の国はニライカナイと同じように海上にある他界」という考えに変わってきているようです。
    
  多くの島の集まりのような日本では、海の上に昇る太陽、テダの神、日輪の神は「旭の豊さかのぼり」と言われた日の出であり、海の向こうの光り輝く神々の国があると信じられてきたようです。

  ネズミはその海の果てからやって来る、神様の一員なのです。