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四月ー旅立ちの時。
 
  一寸法師、海へ旅立つ。
    昔話には小さな子供、小さな神・神の申し子をモチーフにしたものが、たくさんあります。

  小さな子供の神様の源流は小彦名神(すくなびこなのみこと)、
  古事記では少名毘古那神、スクナビコナノカミ、スクナミカミ、とも呼ばれ、記紀神話、風土記、万葉集などに登場し、大己貴神(おおなむち)=大国主神と一緒に国造りをして、後に常世国に渡った、とされています。

  古事記によると、大国主神は御大之御前(みほのみさき)にいた時、波の彼方から、天之羅摩船(あめのかがみのふね、ガガイモのさやで出来た船)に乗り、蛾の皮を来た小さな神と出会いました。
  大国主神がその小さな神に名前を聞いたが答えず、誰もその名前を知りませんでしたが、ヒキガエルと久延毘古(くえびこ、山田の曾富騰=案山子、この神は足は行かねども、尽に天の下の事を知れる神なり、だそうです)によって、神産巣日神(かみむすひのかみ)の子、少名毘古那神とわかりました。
  神産巣日神は、「手俣(たなまた)より漏(く)きし子ぞ。」「指の間から落ちた子だ。」と答え、二人で国造りをするよう命じました。

  少名毘古那神は播磨、出雲、伯耆の「風土記」には稲種や粟をもたらす穀霊としてあらわれ、大己貴神とともに数多く登場しています。そのことから、記紀以前の在地の神と推測され、酒の神、薬の神、温泉の神ともされています。

  この民間信仰的な少名毘古那神はいろんな形で民話、伝承として変化し、語られています。

  その代表的なお話が「一寸法師」でしょうか。
  一寸法師。
 
  津の国、難波の里に、夫婦がありました。
  妻は四十になるまで子供が無く、観音様に参って、子を授けてくれるよう祈りました。すると妻は身ごもり、翌年男の子を産みました。しかし産まれた子は小さく、一寸程しかありませんでした。そのため一寸法師と名づけられ育てられましたが、法師は十二、三になってもいっこうに大きくなりませんでした。

  夫婦は、観音様より授かった子であるはずが、この有り様はただ者ではなく、化け物と呼ばれても仕方ない。これは、私たちに何かの罪があって、その報いなのだろうか?夫婦は法師の小さな体を見るたび、もの思いに沈むようになってしまいました。
  法師は沈み込む両親を見て、どうしたものか考えました。都にのぼって身を立てよう、そう考えた法師は、母に針を一つもらい、ワラを鞘として刀としました。
  法師は二人にお椀と箸をもらうとそれを船として乗り込み、難波の浦から都へと漕ぎ出しました。
  法師は鳥羽の津に着くと、そこから都に入りました。はじめてみる都は珍しく、法師はあちこちを見て回りました。法師は五条、四条とあがり、三条の宰相殿のお屋敷に入りました。
小さな体ですから、門番も気がつかず、宰相殿のそばまで苦もなく入れました。
「物申さ〜ん。」
宰相殿は声のするほうを見ました。けれども人の姿は見えません。
「物申さ〜ん。」  
やっぱり声がします。宰相殿は御簾を開けて外を見ました。けれども、やっぱり誰もいません。
「物申さ〜ん。」
宰相殿は声の主を探そうと、下駄を履こうとしました。すると、
「ここにいますから、踏みつぶさないよう気をつけてくださ〜い。」
宰相殿が下駄をみると、そこには小さな体に剣を差した男の子がいました。
「これは・・・不思議な。」
宰相殿は法師を大変気に入り、自分の家来にしました。宰相殿は法師をいろんな宴に連れて行きました。 小さな体の法師は、珍しく面白く、どこでも人気者でした。

  宰相殿には十歳になる姫君がありました。姫君も法師をたいそう気に入っていました。宰相殿のお供をする時以外は、法師はずっと姫君の遊び相手をしていました。小さな体で、姫の書や和歌、いろんな勉強を一緒にしました。

  こうして三年の月日が経ちました。 姫君も今は十三、美しい姫君に成長しました。

  法師は十六になりました。しかし背は元のままでした。元気な法師でしたが、自分の体がいっこうに大きくならない事を気に病んでいました。姫君もそれを知っていました。
  姫君はある考えを思いつきました。
  霊験あらたかな清水の観音様にお願いすれば、法師も大きくなるかも知れない。姫君は法師一人を連れ、清水の観音様へお参りに出かけました。姫君と法師は清水の石段を上がり、観音様にお参りしました。
  清水の観音様はたくさん手があり、そのたくさんの手で多くの人の願いをすくい取るのだそうでした。法師と姫君は観音様にお願いし、帰りに音羽の滝で水を飲みました。

  法師と姫君は黙って屋敷を出てきたので急いで帰ろうとしました。そして、町へ通じる清水坂にさしかかった時、二匹の鬼が現れたのです。その頃、都では鬼が女房や姫君をさらい、喰らってしまうという噂が広まっていました。目の前の鬼は一匹は赤く二本の角、もう一匹は青く一本の角を持つ鬼でした。
  赤い鬼が姫に襲いかかってきました。法師は針の剣を抜くと赤い鬼に飛びかかりました。「イタタタタ!」赤い鬼は何が何だかわかりませんでした。法師は赤鬼の体の上をぴょんぴょん飛び跳ねながら、針の剣であちこち突きました。
  青鬼が驚いて、赤鬼に「何か小さなものがいるぞ!」と言いました。赤鬼はそれをつかもうとしましたがなかなか捕まえられません。青鬼は赤野にのほっぺたに張り付いた法師を潰そうとバチンとたたきましたが、赤鬼の顔を殴っただけでした。
  青鬼に殴られた赤鬼はのびてしまいました。法師は青鬼に飛びかかりました。青鬼は法師を捕まえようと、自分の体をバチバチ叩いてしまいました。すばしっこい法師でしたが、青鬼が転んだ拍子に法師も転んでしまいました。そこを青鬼に捕まってしまったのです。
「このチビ、お前なんかひと呑みにしてやる。」
青鬼は法師を口の中にほうり込みました。姫君は「ああっ!」と顔をこわばらせました。
「うっ!」
法師を飲み込んだ青鬼の様子がへんです。
「イテッ、イテテテテッ!」
青鬼はおなかを押さえてかがみこみ、転がり始めました。
「ガァッ、やめてくれ!」
青鬼が大きく口を開けると法師がぴよーんと飛び出しました。目を覚ました赤鬼が、青くなっていました。
  二匹の鬼は、逃げて行きました。

「法師。」
姫君は法師を手に取りました。
「姫、おけがはありませんか?」
法師はそう聞くと、姫は「はい。」と答えました。

  道に小さな小槌が落ちていました。それは「打出の小槌」という何でも願いをかなえる道具でした。姫は法師に、「大きくなれ、大きくなれ。」と小槌を振りました。法師の背は見る見る大きくなり、立派な若者と同じように大きくなりました。

  法師と姫が宰相殿のお屋敷に帰ると、みんな、立派な青年となった法師に驚きました。そして鬼を退治した、と言う事で殿上に召され、少将の位を授かりました。
  法師は堀川にお屋敷を持つと両親を呼び寄せ、宰相殿の姫君と豊かに暮らしました。
  その後、三人の子供に恵まれ、中納言となったそうです。

               「一寸法師。」
   
    一寸法師は民間伝承では、豆助、豆一、五分次郎、親指太郎、等と呼ばれ、法師と名前がついたのは後代に入ってからで「御伽草子」で一寸法師、他は「日葡辞書」以外には類例がないそうです。
  「御伽草子」は千六百六十一(1661)年寛文一年のものが確認されていて、一般的には室町時代から江戸時代初期に成立したと考えられ。「一寸法師」の名前も同時期に成立したものと思われます。

  お話としては
1 子供のない両親が神仏に祈って子供を授かる。
2 しかしその子は異常に小さな子。
3 その小さな子供は、身分の高い者の娘、姫を嫁にしたり、鬼を退治したり、特別な能力を持っている。
4
 呪具等を通じて一人前の男に成長する。
  というパターンを持っています。

  産まれた子供はタニシ長者のタニシであったり、また、かえる(びっき)やカタツムリ、蛇等の小動物である場合もあるようです。

  現在一般に知られている「一寸法師」は、巖谷小波よって1896(明治26)年に出版された「日本昔噺」が元となっています。
  「御伽草子」中の一寸法師との相違点は、一寸法師が宰相殿の姫君を見初め、自分の持っていたかしわ、という食べ物を就寝中の姫君の口につけ、宰相殿に姫が盗んだと訴えて、姫君を手中にいれる、(二人で追い出される)という点、
  追い出された姫と二人で難波に帰る途中船が難破、鬼の島にたどり着き、鬼と対決、という二点でしょうか。
  (御伽草子中での神様は住吉神社、住吉様となっています。清水寺は観音菩薩様ですから、今作は観音様に変更してあります。また「御伽草子」中では"二匹の鬼"となっています。)

  食物を口につける、というモチーフは「タニシ長者」中にもあり、男の持っている食べ物を口にする=夫婦になる、という呪術的意味があるといわれていて、モチーフとして重要なのですが、明治時代には(今でも?)主人公にしては狡知に過ぎる、策略を使う、という事で改変されたと言われています。

  最後に「一寸法師」の歌です。
  「一寸法師」   巖谷小波 作詞  田村虎蔵 作曲
             尋常小学唱歌(一ノ中) 明治三十八年十月
             (原文はすべてカタカナ表記。)
  一  ゆびに、 たりない、いっすん ぼうし、
     ちいさい からだに、 おおきな のぞみ、
     おわんの ふねに、 はしの かい、
     きょうへ、 はるばる、 のぼり ゆく。
  二  きょうは、 さんじょうの だいじん どのに、
     かかえ られたる いっすん ぼうし、
     ほうし ほうしと、 おきに いり、
  三  さても、かえりの きよみずざかに、
     おにが、いっぴき あらわれいでて、
     くって かかれば その くちへ、
     ほうし、 たちまち おどり こむ。
  四  はりの たちをば、 さかてに もって、
     ちくり ちくりと、 はらじゅう つけば、
     おには、 ほうしを はきだして、
     いっしょう けんめい、 にげていく。
  五  おにが、わすれた うちでの こづち、
     うてば ふしぎや、 いっすん ぼうし、
     ひとうち ごとに せが のびて、
     いまは りっぱな おお おとこ。