お話歳時記 お話を見て書いて創るサイト お話歳時記
お話歳時記創作情報デジタルコンテンツメルマガwww.pleasuremind.jp TOP
端午の節句と山姥。
五月人形。
  由来は武者人形。
   もともと邪気払いと物忌みの祭りであった端午の節供が男の子の節供になったのは、武士の時代になってからです。
 その頃、菖蒲打ち、印地打ち、競漕、競馬、流鏑馬など勇壮な行事がこの日に行われる事もあり、また、「菖蒲」が「尚武(武を重んじること)」や「勝負」と音がおなじことから、次第に男の子の節供と考えられるようになったのです。

 古代の菖蒲鬘の代わりに菖蒲で兜を作り、その前飾りに人形をつけることがはやったことから、武者人形が誕生しました。この人形には、悪霊をはらう呪物としての意味や、神送りをする際の「形代」としての意味ももっていました。

 武者人形は、初めは日本神話の神功皇后と武内宿禰の姿でしたが、のちには、金太郎、牛若丸、弁慶、加藤清正などが飾られるようになり、また、家紋をつけた旗指物や鍾馗の像を描いた幟(のぼり)を庭に立てることも普及しました。
 そして江戸時代になると、町人のあいだで鯉が滝登りをするように勇ましくという意味で鯉のぼりが立てられるようになり、やがてそれが武家のあいだにも広まりました。

 幟や鯉のぼりを立てる柱は、神様の依代として立てる卯月八日の「天道花」とおなじ意味をもっています。昔の鯉のぼりの柱は、上に常緑の葉を残して、幹の皮をはいだヒノキや彬でした。そして五色の吹流しは、「続命縷」の五色の糸がもとになっています。

  鎧兜。
   鎧兜は甲冑とも言い、端午の節供の飾り壇の中央に飾られています。昔は実物が飾られた事もあったそうです。
 鎧には、武将用の大鎧と歩兵用の胴丸、腹巻とがあり、端午の節供に飾られるのは大鎧です。大鎧は、装具が完備し、兜、袖、草摺が大きいものを言います。平安時代末期に完成し、騎兵戦の行われた源平時代に最も使用されましたが、南北朝時代には歩兵戦となったので使われなくなり、儀式用としてだけ残りました。胴の正面にはさまざまな模様を染めた革を張り、そのほかは鉄片を糸で綴って作られています。その糸の色によって、緋繊(ひおどし)とか紺縅(こんおどし)と呼ばれました。
 兜は、大鎧と一緒に発達した鉄板の接ぎ合わせ日の鋲を、装飾的に施した星兜が中心でした。鍬形と呼ばれるニ本の節りを前面につけるのが特徴で、それぞれの武士が自分なりの形を工夫しました。
  神功皇后と武内宿禰。
   神武天皇は筑紫日向(現在の宮崎県)の高千穂の宮から東征して、日本の国を初めて統一しました。その様子は、『古事記』や『日本書紀』にまとめられています。
『 古事記』や『日本書紀』の記述は、かならずしも事実ではなく神話化されたものですが、その後十二代貫行天皇、日本武尊、仲哀天皇の三代にわたって、周辺の諸国を征討して大和朝廷の基礎を確実なものとしたとされています。
 『日本書紀』によれば、神功皇后は仲哀天皇の后で、熊襲(くまそ・九州地方にいた種族)征伐の遠中で急死した天皇のあとを受けて、臣下の武内宿礪とともに、朝魚羊半島に出兵して新羅を征服したとされます。
そのとき、神功皇后はのちの応神天皇をみごもっていて、大和に帰国後出産し、皇太子の摂政として約七十年間政治を行ったとされています。
 神功皇后、武内宿礪、応神天皇はともに武神として信仰されていたので、神功皇后と応神天皇を抱く武内宿礪が武者人形として飾られるようになったのです。

  鍾馗様。
 

 鍾馗様は、中国の民間伝承に伝わる道教系の神で、日本では、魔除け、疱瘡除けや学業成就にしるしがあるとされています。

 一般的な伝承では、
 唐の玄宗皇帝が病気になったときに夢に出てきて、「私は終南山の鍾馗です。科挙の試験に落第して自殺した時、ていねいに葬られたのをありがたく思って、世の中から災いを除く誓いを立てました」と言って、消えました。
 目覚めてみると玄宗の病気は治っていたので、画家に命じて鍾鳩の姿を描かせ、邪気をはらう神としたのが始まりとなった、というもの、
 科挙の試験に合格したけれども、その恐ろしい顔のために取り消され、自殺したと言うもの等です。

 日本では、年の暮れにその像を門口に張っていましたが、やがて端午の節供の幟に描かれるようになりました。
 赤で描かれたものは、特に疱瘡(天然痘)除けに効果があるとされ、また、道の突き当たりにある家は、怪しい霊が出るところとしてきらわれましたが、その魔除けに、かわら製の鍾馗を軒先にのせるとよいとされています。
 京都の町家では瓦屋根に鍾馗様が据えられていますので、京都を歩く時は屋根の上を見てくださいね。
 また鍾馗様は人気があり、京劇等の題材ともなっており、科挙の試験に合格したと言う所から、子供の学業成就等にしるしがあると考えられているようです。

鍾馗様の話。
◆ 洛中洛外の鍾馗。
 http://ha7.seikyou.ne.jp/home/hatt/
◆秋田人形道祖神。
 http://www.geocities.jp/akitasaisei/ninngyou-gaso/00syouki.html
◆大牧「鍾馗様祭」
 http://xxokapi.cool.ne.jp/fuyu/tugawaoomaki/oomakisyoki.htm