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端午の節句と山姥。
ちまきと柏餅。
  ちまき(粽)。
 

 端午の節供には、ちまきや柏餅を食べます。
 京阪地方では男の子の初節供には「ちまき」を、二年目からは柏餅を作る風習があります。 一般に関東は柏餅、関西はちまきとされ、また九州地方では、「あく巻き」と言う、ちまきに似たものが食べられるようです。
 http://www.kt.rim.or.jp/~wadada/cyokayume/kodomonohi1455.html

  ちまきの由来。
 

 ちまきの由来は、
 紀元前三、四世紀の中国の楚の国の王族、屈原(紀元前三百四十三年一月二十一日〜紀元前二百七十八年五月五日・確定せず)は、王に仕え政治に活躍しましたが、人にねたまれて失脚してしまいました。彼は国を憂えるすぐれた詩をたくさん書き、嘆きのあまりとうとう洞羅の川に身を投げて自殺してしまいました。
 彼の霊を慰めるために、姉(または楚の人々)は、小舟で川に行き,太鼓を打ってその音で魚をおどし、竹筒に米を入れ、汨羅の淵に投げて、屈原の死体を魚が食べないようにして祭っていました。

六世紀頃の本「続斉諧記(ぞくせいかいき)」には、

 屈原の入水後、その死を悼んだ里人は、命日の五月五日に供養としてました。それから三百年後、欧回(おうかい)という人がその川のほとりを通った時、屈原の霊があらわれ、
「祭ってもらうのはありがたいが、淵には蛟龍(こうりゅう)が住んでおり、投げ込んだ供物を食べてしまう。厄除けに楝樹(せんだん)の葉で包み、五色の糸で巻けば蛟龍は食べないであろう。」言ったといいます。
それから里人は教え通りに供物を作るようになった、

と書かれているそうです。

これがちまき(肉粽=ローツ ォン)の始まりだといわれ、また、へさきに竜の首飾りをつけた竜船が競争する行事が生まれ、今日のドラゴンレースの始 まりとも言われています。

 国と人民に尽くした屈原は、死んだ後もいっそう人々に惜しまれ、ちまき(粽)を川に投げ入れて国の安泰を祈願するお祭り・風習となり、病気や災厄を除く宮中行事、端午の節句となったと言われています。




  柏餅。
 

 かしわ餅は、柏(かしわ)の葉っぱの上に、上新粉とくず粉(片栗粉)を混ぜてつくった「しんこ餅」に、あんを挟んだものを置き、柏の葉を二つ折りにして包んだお菓子の事です。柏の葉の表を外にするのが味噌入り、裏を外側にするとあんこ入りというのが本来のきまりがだそうです。

 柏餅の由来としては、柏の木は、新しい芽が出ない限りは、古い葉が落ちずにつき続けているのだそうです。それが「子供が生まれるまでは親は死なない」=「家の系統が絶えない」という縁起担ぎとなり、柏の葉で包んだお餅を食べるようになったそうです。
 柏餅の登場は十七世紀中頃で、江戸時代に入ってからの事のようです。
根拠として、俳句の季語を記した書物「拝諧初学抄/齋藤徳元」(千六百四十一年)には五月の季語として「かしわ餅」が記載されていないのに対し、千六百六十一〜千六百七十三年頃に成立した「酒餅論」では、かしわ餅が紹介されている事が挙げられています。

  屈原。
   屈原は「楚辞」の主要な著者とされ、「楚辞集注」で触れる事が出来ます。
◆楚辞集注
 http://www.otaru-uc.ac.jp/htosyo1/siryo/kanseki/KR004004.htm
◆屈原については高杉晋作の漢詩「囚中作」にも触れられています。
 http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/jpn64.htm