お話歳時記 お話を見て書いて創るサイト お話歳時記
お話歳時記創作情報デジタルコンテンツメルマガwww.pleasuremind.jp TOP
四月ー旅立ちの時。
 
献花祭と花鎮祭。
 

花の祭りー献花祭と花鎮祭。

   花の祭りはふたつあります。これには満開に嘆いた花を神前に献花する祭りと、花の散る時期に活発になる御霊や疫神を鎮めるための祭りがあります。
 花を神前に献花する「献花祭」は各地に多くみられ、気候もよく参拝客も多いので、絢爛豪華な祭りとなります。
神に花をささげる風習は、生き生きとした花に神の霊力を移そうとするものだと考えられます。
祭りのなかでは子どもたちが重要な役割を果たし、などを奉納します。
 花が満開になると、稚児行列や稚児舞今年も豊作になる予感でみんなで喜び合いますが、やがてその花が散り始めると、それは稲の花が飛び散って凶作になるようにも思え、昔の人は非常に恐れました。また、霊力をもつ花が散ると疫病神や悪霊が活動するのだと考え、これを鎮めるために「花鎮祭り」を行いました。
 花鎮祭りはもともとは宮中の行事で、奈良県三輪大神、狭井神社で行われていましたが、京都の今宮神社のものが「やすらい祭り」として有名です。もともと民俗的行事だったものが御霊信仰の影響を受け、さらに念仏踊りが加わって風雅なものになりました。
花を稲の花の象徴とし、実らないうちに散ることがないように「やすらえ花よ(ゆっくりせよ花よ)」という離子言葉を繰り返します。
  三輪大社。狭井(さい)神社。四月十八日。鎮花祭。
  大宝令(701年)に「季春(すゑのはる)」の、国家による祭りとして定められていたもの。

「令義解」(834年)
 謂ふ。大神(おほみわ)、狭井(さゐ)の二祭なり。春花飛散の時に在りて、疫神(やくじん)分散して癘(れい)を行ふ。その鎮遏(ちんあつ)の為に、必ずこの祭りあり。故に鎮花(はなしづめ)といふ。(謂。大神狭井二祭也。在春花飛散之時。疫神分散而行癘。為其鎮遏。必有此祭。故曰鎮花。)

  春の花が飛散するときに分散し、疫病をひろめる「疫神」を鎮遏(ちんあつ)するために、必ず鎮花祭を執り行わなければならない、としています。「遏」は、「邪悪なものを呪儀によってさえぎりおさえ、とどめる」という意味で、この祭では、三輪の大神(おおかみ)の「助力」が請われ、鎮花(はなしづめ)が行われるものと考えられています。

三輪大社。
  http://www.oomiwa.or.jp/
鎮花祭。
  http://www.oomiwa.or.jp/frame/f04.html
狭井神社。
  http://www.genbu.net/data/yamato/sai_title.htm
  http://www.oomiwa.or.jp/c03/c03_12.html
その他。
  http://www4.plala.or.jp/awy/KiBasyo/miwa/miwat.htm
  http://www.y-morimoto.com/jinja22/ohmiwa.html
神体山入山方法。
  http://www.lint.ne.jp/~takuya/sakuraisi/saijinjya.htm


  やすらい花祭り 四月第二日曜日(旧暦三月十日)京都市北区紫野。
   各町から練り衆が出て神社にあつまり、境内で「やすらいの踊り」を奉納した後、督殿(こうどの)という司祭役の指揮で神社から町へ繰り出し、所々で羯鼓(太鼓の一種)を持った少年二人と鬼四匹が「やすらい花や」の囃子詞にあわせて踊りながら各町を回ります。その後につづく練り衆が持つ直径二メートル程度の桜や椿で飾った風流傘の下に入ると、悪霊を祓ってもらえると言われています。

玄武やすらい花(鎮花祭)
  http://www3.zero.ad.jp/gennbu/yasurai.html
やすらい祭
  http://homepage2.nifty.com/sigeharuiori/maturi04tuki-2.htm


  壬生狂言(みぶきょうげん) 四月二一日〜四月二十九日。 京都市中京区壬生寺。
   鎌倉時代、正安二年(1300)壬生寺中興の祖、円覚上人が悪疫払いのために鎮花(はなしずめ)の法会(ほうえ)行ったことから始められたと伝えられています。

 この法会に狂言が用いられたのは念仏の真意と功徳を多くの人にわかりやすく伝えるためのしゅだんであったとされ、境内にある専用舞台で、毎日焙烙割(ほうらくわり)の狂言によって幕を開け、無言の身振りだけの仮面劇が続き、足の運びに合わせて「ガンデンガンデン」と囃子が入ることから、俗にガンデンガンデンとも呼ばれています。