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四月ー旅立ちの時。
 
四月の民族行事。

四月三日        オヒナガユ(群馬県)
旧暦三月三日または四日 四箇の悪日(しがのあくび・徳島県)
四月五日頃       清明(二十四節気)
四月八日        卯月八日、四月八日 潅仏会
四月八日        水口祭り 花折り始め(兵庫県)
四月中旬〜下旬     献花祭 花鎮祭り
四月十三日〜十七日   二荒山神社花屋台(栃木県)
四月第二日曜日     やすらい祭り(京都府)
四月十四日〜十五日   高山祭り(岐阜県)美濃祭り(岐阜県)
四月上旬〜五月上旬   御柱(長野県)
四月二十日頃      穀雨(二十四節気)
四月二十二日      四天王寺聖霊会(大阪府)
四月二十九日      みどりの日(国民の祝日)

 
四月の主要なお祭り。

十日第二日曜     やすらい祭り(鎮花祭・ちんかさい)    今宮神社 京都市北区紫野今宮町
十日第二日曜     やすらい祭り(鎮花祭)         玄武神社 京都市北区紫野雲林院町
旧暦三月三日     流しびな 千代せんだい川        鳥取市用瀬町
旧暦三月三日     北木島の流し雛             岡山県笠岡市北木島
十三〜十七日     弥生祭(ごた祭り)           日光二荒山(ふたらさん)神社 栃木県日光市山内
十四・十五日     春の高山祭               日枝神社 岐阜県高山市城山
十三〜十五日     長浜曳山祭り              長浜八幡宮 滋賀県長浜市宮前町

 
  復活祭・Easter。
   死後、三日目に甦ったとされるキリストの復活を祝う祝日で「御復活の大祝日」といいます。春分の日の後の満月の次の日曜日に行われるため、3月23日〜4月25日迄の間に行われます。2007年度は、4月7日、日曜日です。
  復活祭の卵・Easter Egg 復活祭の兎・Easter Rabbit。
   キリスト教以前、復活祭の卵。兎は春分の生命の新たな誕生と甦りの象徴でした。
野ウサギ・ウサギはゲルマンの春の女神オスタラ Ostern(中世イギリスのエオスト レEostre)の標章。この女神が復活祭 Easterの語源と考えられています。またゲルマン陣は春の月名「エオストレモナト Eostremonat」とし、春のお祭りをしていたそうです。
 キリスト教の復活祭はユダヤ教の「過越(すぎこし)の祭り」から生まれたもので、ヘブライ語のペサハ Pesach→アラム語のパスハ pascha→ギリシャ語のパスハとなっています。
 
  青柴垣神事(あおぶしがきしんじ) 四月七日 島根県八束郡美保関町、美保神社。
   出雲神話にちなむ神事で美保神社の祭神である事代主命(ことしろぬしのみこと)が国譲りの後、乗っていた船に青柴垣(あおぶしがき)をめぐらせ、その中に篭ってしまったという古事記中の神話に由来しています。青柴垣をかざった二隻の諸手舟が沖に出て拝礼の行事を終えた後、岸に戻ると、猿田彦と天鈿女の面を付けた者が迎え、巫女が船に乗り込んで、巫女舞いを舞います。船の装飾に使われた榊(さかき)や注連縄などは、大量祈願・船の安全のお守りになると信じられ、これを家に持ち帰るそうです。
  春の高山祭り。 四月十四〜十五日。
   高山祭りは岐阜県高山市森下町日枝神社のお祭りで、春に行われる山王祭と、秋(十月九日〜十日)に行われる八幡神社の八幡祭に分けられます。
 領主の金森長近(一五二四〜一六百八)が天神山に築城し、町を京都に摸して造ったとき、同時に京都の祇園祭りの風習も伝わったものといわれています。
 四月十四日の昼すぎ、御子舞・雅楽・闘鶏楽などとともに神輿の巡幸が始まると、各町内から一二基の屋台(山車)が繰り出します。 この屋台はいずれも飛騨の匠たちの優れた技術によって作られた豪華なもので、「動く陽明門」ともされ、屋台の絡繰人形も有名です。
夜は夜祭りが行われ、提灯がともされ、翌十五日は還幸の本祭りとなります。

  曳山(ひきやま)狂言。 四月十五日。
 

 滋賀県長浜市神前町八幡宮で行われる長浜八幡曳山祭の中の狂言で、豊臣秀吉が長浜城主の頃、初めて子供が生まれたことを祝って、城下民に砂金を贈り、城下民はこのお金で、戦乱により衰退していた八幡宮と祭礼を復興、城下では、秀吉の下賜金で一二台の山車を建造したと伝えられています。
 祭りは九日から十七日まで行われるが、一番の見ものは十五日の子供歌舞伎(曳山狂言)で、漆塗り・楼閣造りの豪華な山車(曳山)が繰り出され、その上の舞台で、十歳前後の少年たちが歌舞伎を演じます。

  先帝祭。 四月二十三日〜二十五日。
   山口県下関市赤間神宮の祭礼です。
 赤間神宮の祭神は、壇ノ滴に入水し、平家滅亡とともに短い一生を終えた安徳天皇で、その命日、旧暦三月二十四日を期し、後白河上皇が法要を営んだのが、この祭礼の始まりと伝えられています。
 二十三日は御陵前祭と平家墓前祭、二十四日は上臈道中、二十五日は神幸祭が行われます。
 祭りの呼び物である上脇道中は、平家滅亡後、建礼門院の女官たちが港の遊女となって先帝の菩提を弔ったという故事にちなむもので、十二単衣の上にうちかけをつけた上鷹が、官女・警固・禿(かむろ)・椎児を従え、八文字を踏んで神宮に参拝します。

  春の行事の不明点。
   海外のものではエイプリルフールも復活祭以前のお祭りと関係しているのですが、正確なものが見つかりませんでした。

 花見に関しては日本独自のもので海外に例がない事、古代から桜が農作業の基準となっていた事、祓いが疫病平癒以外の意味を持っているらしい(わからない・・・)、の三点でした。

 宮中の花見は古代では梅。これは中国起源。それが桜に変化して、一般への浸透は宇治拾遺物語成立後、1213年(建保元年)から1221年(承久三年)頃以後の事となります。

 春の山入りの払えは、三輪大社の花鎮祭、やすらい花祭り、そして潅仏会→花祭りへとつながったようです。

 山の神様が田の神様へ正月様へと変化をしていくという過程に、農耕としての桜がいろんな意味で入っているように思います。