梅花御供。 二月二十五日。

二月二十五日は菅原道真の祥月命日で、京都市上京区馬喰町北野天満宮では、毎年この日に「北野梅花祭」を行います。

鳥羽天皇天仁二年(1109)二月二十五日に記録が残っており、約九百年以上続いている事になります。 

もともとは、御祭神を宥(なだめる)と音の通じる事から、菜種の花を供え「菜種御供(なたねのごく)」として催されていましたが、明治の新暦以降、菜種のかわりに梅の花を用いたことから次第に「梅花御供(ばいかのごく)」と呼ばれるようになったそうです。

この「神人(じにん)」の末裔らにより結成された七保会の会員が前日に参籠潔斎し、献じるそうです。

この御供は、四斗の米を蒸し大小二個の盤に円く盛った、「大飯(おおばん)・小飯(こばん)」と、梅の小枝を挿した[紙立(こうだて、香立とも)」を、男女の厄年に因んで、白梅四十二本、紅梅三十三本、お供えします。

この玄米は授与所で「厄除玄米」として授与され、これをいただくと病気が治るとされています。

大阪府南河内郡道明寺の道明寺天満宮でも、二月二十五日にも梅花祭が行われており、旧暦に行われていたものは現在三月二十五日に菜種御供として祭が催されています。

菜種御供では、稚児行列が行われ、前日の二十四日から二十六日まで菜種色の団子が授与されています。

この団子は、菅公の大宰府下向の後、おば君の覚寿尼《かくじゅに》公が、毎日据えていた陰膳の飯を粉にし、梅の実の形にした黄色の団子をこしらえたところ、病気平癒の効があるとして、参拝者がこぞって求めたそうで、その団子が由来となっているそうです。

不思議な事に、なぜか太宰府天満宮では、梅花御供も菜種御供も行われていません。

また、梅にちなんだお祭りも、この梅花御供だけのようです。



 
Google
Web pleasuremind.jp