蚕祭りと馬頭観音。

初午には、養蚕地帯では、蚕(かいこ)の神様の祭りが行われます。

養蚕の始まりには一人の娘と馬の物語として、中国・日本等に伝わっています。

おじいさんとおばあさんと娘が一頭の馬を飼っていました。

娘は馬を大変かわいがり、年ごろになると馬と夫婦になってしまいました。

それを知ったおじいさんは怒って馬を殺し桑の木につるして皮をはいでしまいました。

ところが、馬の皮は娘のところへ飛んできて娘をさらって天に昇っていきました。

娘はおじいさんの夢に現れ、土間の臼の中に馬の形をした虫がいるから桑の葉を食わせ、虫の作ったまゆから絹糸をつむいでそれを売って暮らしてくださいと告げ、養蚕が始まったということです。

蚕は馬によって生まれたとされ、初午の日に蚕神が祭られる事となったようです。

日本では、蚕の守り神が「オシラ様」で、「お白祭文」を唱えて祭られており、遠野地方でのお祭りが有名です。

関東西部から中部地方にかけての養蚕地帯では繭玉や餅をつくって蚕神様(オシラサマ・コカゲサマ)に供え養蚕豊産の祈願を行います。


この日は元々春の農事に先駆けて豊作を祈願する行事が各地で行われていました。

馬にちなんで、蒼前社や馬頭観音に馬を飾り立て馬の健康祈願を行う所も東北地方から山梨・愛知県などにみられています。


近畿南部では厄落としをする所も多く、和歌山県下には厄年にあたる男女が投げ餅をして厄払いをします。

またこの日、埼玉・茨城県等には、スミツカリあるいはシモツカリと称して大根を降ろし、ニンジンや塩鮭の頭に入れて煮込んだモノをつくり、藁苞に入れ、稲荷や馬頭観音に供える風習があります。



蚕玉祭(こだままつり)。

長野県で二月初午の日に、蚕玉様(蚕の神)を祭る行事です。

南信地方には村の辻等に蚕玉と大書した石碑が立っている所が多く、上伊那郡では、その前に粟穂・繭団子を供えます。

諏訪郡でも初午に繭玉を蚕玉様や稲荷様に供えます。

このあたりでは、繭玉を初午につくる風習の方が小正月につくるよりは以前の形らしく明治中頃までは信州のあちこちで初午の日に作る風習が見られたそうです。



 
 
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