初朔日(はつついたち)。

二月一日は、一月十五日を年の初めと考えた時代には、その年初めて迎える朔であったため、「初朔日」とも呼ばれました。

>そこで、二月一日を「重ね正月」「二の正月」と言って、正月の行事をもう一度祝う風習があります。

二月一日は様々な呼び名で呼ばれていて、

  長崎県五島では「初朔日(はつついたち)」

  兵庫県淡路地方では「迎朔日(むかえついたち)」

  山形県東田川郡では「三朔日(さんついたち)」

  山口県・愛媛県等の島々では「並び朔日」と言います。

この日に、「年重ねの祝い」と言って厄払いのために正月を行いました。

この風習は、その年がちょうど厄年に当たる人が、二月一日にもう一度正月の儀礼を行うことによって、一か月間だけで厄年を飛び越して、厄年を去年の事として新しく無事の一年を迎えようとする行事です。

厄年は男四十二、女は三十三が多いのですが、宮城県宮城郡のように、男十五、女十三という例もあります。

福島県いわき市では、正月十四日の夜、四十二の男と三十三の女のために年重ねの宴を開き厄払いをおこないます。

この夜は鳥追いの行事も行われ、節分・大晦日・六日・十四日等、年越しと名のつく晩の行事として行われたようです。

栃木県安蘇郡等での年重ねの方法は、正月の年棚を余分に一つもうけて、十九歳・三十三歳の女の厄年を一度に飛び越えて祝おうとする例もあります。

東北では二月一日の厄祝いを、年直し・年祝・年取り等と呼んでいます。

これは二度目の正月を迎えるという意味で、長野県上伊那郡一月三十一日をお年越しと言って厄祝いをします。

鹿児島県ではこの日に年取り直しと言って餅をつき、藁苞(わらづと)に入れて路傍の木にかけ通行人に食べてもらう風習もあります。

この行事は一般的なものではなく、厄年の人がいる家だけで行われますが、江戸時代には庶民だけでなく、公家や武士のあいだでも盛んだったと言われています。


太郎の朔日。

熊本県球磨郡では、この日は山の太郎が河の太郎と交代する日として、二月朔日を「太郎の朔日」と呼ぶそうです。

河の太郎は、河童の事で、九州では河童は山の中に入ると山の神となり、河に下って来て河太郎となると言われています。

これは、春、山の神が降だって田の神となるという信仰の変形とされています。

元々の二月一日の意味が失われたものと考えられています。


 
 
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