宮中歌会始め。一月中句

歌御会始(うたごかいはじめ)、御会始(ごかいはじめ)とも言います。

正月、宮中における年始の歌会で新年儀式の一つです。

古く平安時代から行われていましたが、毎年行われたわけでは無く、また日取りも一定していませんでした。

明治二年以降、毎年一月中旬(十一、十二日頃)に行われており、天皇・皇后両陛下ご臨席のもとに、国民の詠進歌のうち、すぐれたものが披露されています。

また、民間の詠進歌が加えられるようになったのは、明治十二年からです。

宮中の正式の儀式となったのは、中古の事で、文献上では永和三年(1377)三月四日が最も古いものとなっています。

記録上では天明十五年(1483)には正月十七日、後水尾院年中行事には正月十九日に後会始となっています。

明治になってからは、三年正月二十四日、京都の小御所で行われたのが初めてで、その後、恒例行事として行われるようになりました。

はじめは詠進者の範囲を華族・勅任官以上に限っていましたが、明治十二年以降は民間人の詠進歌を加えるようになりました。

歌会始めの式が終わった後で、翌年のお題が発表されます。

なお宮中には月例歌会が二つあり、一つには皇后様が、もう一つには羲宮様を中心におこなわれるそうです。


宮中講書始め。一月中・下旬

宮中新年儀式の一つで、天皇・皇后両陛下が年頭に学者から進講を受けられるもので、現在では、中・下旬の吉日が選ばれ、催されています。

講書始めには天皇・皇后・各皇族が出席され、総理大臣・最高裁長官ら有資格者らも招かれ、一流の権威ある学者六名を選んで、内三名から一人三十分ずつ御進講が行われています。

学者六人のうち三人は控えで、事故の無い限りは実際には講義しませんが、翌年講義するしきたりとなっています。

場所はもとは鳳凰の間を用いる事が多かったのですが、今は東西の間が使用されています。

もとは国書・経書・記紀・万葉・古今等でしたが、明治十八年、西村茂樹が英国文明論を、翌年万国公法を講じてから、国書・漢書・洋書の三分野から行われる事となりました。

現在では人文科学、社会科学、自然科学など範囲がより広がっています。


昔の宮中行事にこの行事は無く、もとはもとは武家の行事で、鎌倉将軍・徳川将軍等で読書始めの式が行われていたものを、明治天皇の学問振興の思し召しで、、明治二年より宮中行事となりました。

この講書始を皮切りに年に何度か皇居に学者を招いて講義を聞かれます。


 
 
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