海を渡ったサンタクロース。

聖ニクラウスの伝説の一つに漁師を救う話があります。

ある時、ミュラの近くの町の3人の漁師が乗った船が大嵐にあって 沈みそうになりました。

漁師たちは数々の奇跡を起こしたという ニクラウスのことを思いだし、ニクラウスに頼めば助かるかも知れないと 考え祈りました。

すると、どこからともなく一人の男が現れ、船の操舵や帆の操作を手伝い、 船が嵐を乗り切るとその人物はいつの間にか消えていました。

漁師たちは港に戻るとその足でミラの町の教会へ行きました。 そしてニクラウスが、自分たちを救った男とそっくりだと知ったのでした。

1607年から始まったオランダからの移住とともに、 聖ニクラウスはオランダの移民船に祭られ、アメリカのニューアムステルダム (現ニューヨーク)へ渡ります。

1620年のメイフラワー号に乗ってきたイギリスの人々は、 当時のイギリス国教会に反発し、宗教の自由を求めてやって来ました。

清教徒革命以後、イギリスではクリスマスを異教のものとして、 禁止していました。

新しい土地で、宗教的自由を得た英国系移民は、オランダ人の行っていた12月6日の前夜にプレゼントを贈る、 聖クラウス祭を受け継いで、おこなったのです。

オランダ語ではセント・ニクラウスはジンタ・クラースとなります。

これがアメリカで「サンタ・クロース」になったのです。

1822年、神学者クレメント・クラーク・ムーアが、『聖ニコラスの訪問(A Visit from St.Nicholas)』という詩を書きました。

この詩が現代のサンタクロースの設定の原型、と言われています。

詩の中で、聖ニコラスは愛嬌のある顔、白いあごひげの太った小人で パイプをくわえています。

灰とすすまみれの毛皮を着ており、クリスマスの前夜、人々が寝静まってから登場し、八頭のトナカイが引くそりに乗って空を飛び、煙突から入ってくると 書かれています。

サンタクロースが現在の赤と白の衣装になったのは1931年の 「ナショナル・ジオグラフィック」の裏に掲載されたコカ・コーラ社の 広告によって、だそうです。

この広告は1946年まで毎年掲載され、サンタクロースのイメージを固定してしまいました。

モデルは、コカコーラ社の定年を迎えた営業マン、 ルー・プレンティスという男で、これ以来、サンタクロースは小人ではなく 太ったおじさんになってしまいまったそうです。

注 初出を「ナショナル・ジオ・グラフィック」とするものと 「サタデー・イブニング・ポスト」ものがります。

また、モデルを作者のスウェーデン人、 ハドン(ハッドン)・サンドブロム自身とするものもあります。

サンタさんに家族はいるの?

世界中の子供たちにプレゼントを贈るサンタさんですが、 家族はいるのでしょうか?

伝説として伝わっているものに、聖ニクラウスのお母さんのは 「アンナ」とされています。

実在の人物、聖ニクラウスに御両親がいるのは当然ですね。

フィンランドやアメリカに伝わるお話には、 食事の支度や洗濯をする女のサンタ、ミセス・クロースが出てきます。

また、グリーンランドのサンタさんには息子と娘が一人ずつ、 園芸係とおもちゃ工場に二人の叔父、郵便係の弟がいるそうです。

オランダのサンタクロースはお供に黒人の少年、ピットをつれて、 スペインから船に乗ってやって来るそうです。

オーストリア周辺では、なまはげのような従者「クランブル」、 また「ルプレヒト」という従者もいるようです。

九頭目のトナカイ、ルドルフが、20世紀になって加わったように、 サンタさんの家族や仲間がこの先も、もっと増えるかも知れません。

 
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