ヘラクレス座。

ヘラクレス座は、明るい星がないため、目立たず、また捜しにくい星座です。

星座は、林檎の杖、または二匹の蛇を左手につかみ、右手に棍棒を振り上げた巨人の姿となっています。

アルファは三等星で、アラビア名をラース・アルゲティ(ひざまづくものの頭)といい、直径が太陽の八百倍と言う全天でも稀な巨星だそうです。

この星座はギリシャでも初めはエンゴナシン(ひざまづくもの)とかアイドロン(まぼろし)と呼ばれました。

フェニキアではメルカルドという神の名であがめられていたそうです。

この星座には、有名なヘラクレス座の球状星団M13があり、距離二万四千光年にあり、六等星くらいの明るさに見えます。肉眼では無理ですが、観測条件が良い時は十センチ程度の望遠鏡で、観測可能で、大望遠鏡では、五万以上の星が、球状に密生しているそうです。

>で、ここからヘラクレスの神話、と行きたいのですが、どう見ても長いので、まず中国の伝説からです。


「客星、帝座をおかす」

昔、中国では、この星座のアルファを天帝の玉座として「帝座」と呼んでいました。

天文博士は、毎夜、この星を眺めて、流星やほうき星が、この星の近くに現れると、「客星、帝座をおかす」として不吉の前兆と見ました。

後漢に光武皇帝には、同じ師に学んだ、巌子陵という友がいました。

彼は光武が皇帝となると姓名を変えてどこかへ姿を隠してしまいました。

光武皇帝は彼を重く用いるつもりで、思いつく所すべてに行方を尋ねさせました。

すると斉の国から、「こちらに、羊の皮をかぶった男が沼で釣りをしていますが、お尋ねの人物ではありませんか?」と言上してきました。

光武は馬車を三度も送り、ようやく子陵を都へつれてこさせました。

そして宮殿へ迎え入れると、たいそうもてなして、いろいろ昔話に夜をふかして、床をならべて寝ました。すると、ねぞうの悪い子陵は、夜中に足を皇帝の腹にのせてしまいました。

夜が明けると、天文の役人があわてて、光武に奏上してきました。

「昨夜、客星が帝座をおかす事が急でございました。」

光武はそれを聞いて、大変に笑い、

「わしが昔の友達の巌子陵と一緒に寝たまでの事じゃ」と、答えました。

光武は子陵を思い役に就けようとしましたが、引き受けずに、またどこかへ行ってしまいました。


その後の事です。

唐の名臣と言われた李泌(りひ)は、国の乱にさまざまな功労があったので、粛宗皇帝が重く用いようとしましたが辞退して聞きませんでした。

そして、

「わたくしの願いは、ただ天子のお膝にマクラして眠り、空の星を動かして、天文の役人に、客星が帝座をおかすと言上させてみたいばかりにございます。」と答えました。

粛宗は笑いましたが、後に李泌の寝ている所にそっと来て、床の上で李泌の頭を抱いて。膝にのせたそうです。

その話には、客星が帝座をおびやかしたという報告は書かれていないそうです。


 
 
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