琴座-中国。

琴座は夏から秋にかけての星座で、天の川の側にあります。

青いダイヤのようなアルファを中心に、近くの星と小さな正三角形を描き、琴座としています。

アルファは七夕の織女で、日本では「七夕のウリ畑」としています。

また、正三角形は、アルファを織女、残りの二つの星を織女の子供と見て、七夕伝説の子供となっています。


七夕のお話は、有名なので、中国のもう一つのお話です。


「遊子と伯陽。」

昔、中国の瓊(ケイ)という所に、遊子と伯陽という夫婦がありました。

とても仲睦まじい夫婦で、人もうらやむほどでした。

共に月を愛で、「夕べに月を待ちて里を出で、暁には月を入るを惜しみて高きに登る」ほどでした。

こうして、二人は仲良く暮らしていましたが、妻の伯陽は、九十九歳で亡くなり、遊子は一人残されました。

遊子はこれを嘆き悲しみ、せめて月をつまの形見として、毎日毎夜眺め暮らしていました。

月が青く澄みわたったある夜、遊子が空を眺めていると、一つの星が飛んで来て、その星に妻の伯陽が乗っていました。

これを見た遊子はますます嘆き悲しんで、自分も早く空に昇って妻と一つになりたいと祈りました。

願いがかなって、遊子は百三歳で亡くなり、鳥に乗って天に昇り一つの星となりました。

しかし、妻のいる星とは天の川をへだて反対に着てしまったので、ただ西の岸から妻の星を思いを交わすのみでした。

天の川は帝釈天が毎日水浴びをするので、渡る事が許されない川でした。

しかし、七月七日は、帝釈天が善法室に行き、水浴びをしないため、この日一日は渡る事が許され、夫婦の星が川を渡って会っても良いと言う許しが出ました。

そして、七月七日、カササギが橋となり、二人を渡してくれるとされています。

     「遊子と伯陽。」


もう一つ、中国のお話です。

「織女の祝福」

唐の時代、郭子儀(かくしぎ)と言う名高い名臣がいました。

郭子儀が、まだ若く、銀川という田舎にいた頃の事です。

ある夜、宿の庭に座って空を眺めていると、にわかに紅色の光がさしました。

驚いて空を見上げると、中空に立派な車があり、縫い取りの幕がかかった向こうに、美しい天女が一人、しょうぎに腰掛けて足を垂れ、下界を眺めていたのです。

郭子儀は、今日が七月七日と言う事を思い出し、目の前の天女が織女に違いないと思ったので、うやうやしく礼拝して、長寿と富貴を授け給え、と祈りました。

すると天女はにこやかに笑うと、

「富貴は思いのままで、長生きもするであろう」と言い、そのまま天へ昇って、見えなくなってしまいました。

それから、しばらくして、郭子儀は皇帝に使え、次々に賊を討ち、出世しました。

危ない目に会いながら、怪我一つせず、無茶はしませんでしたが、時には死を恐れぬ驚くほどの勇猛な戦いぶりで、郭子儀の名を聞くと、多くの賊は震え上がるようになりました。

しかし、そんな郭子儀も、大暦の初めに、戦いに行って、重病にかかってしまいました。

戦いには負けぬが病気には勝てぬのか?

心配する従者達に、郭子儀は安心しきった顔で、

「いや、命の事なら心配するな。」と言って、織女が長寿を約束してくれた事を楽しそうに話しました。

そして、ほどなく郭子儀は回復し、賊を討ち果たしました。

郭子儀はその後、八十五歳まで生き、官に三十年あり、蔵の中に金銀や宝を、山のように積み上げ、家人三千人、八人の子と、七人の婿はみな重い役に就き、孫は五、六十人と数えきれず、ついに名前を覚えきれずに、笑ってうなずくばかりだったそうです。

これも織女の祝福と伝えられています。

   「織女の祝福」


 
 
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