箕宿・斗宿。

中国は十二星座のかわりに二十八宿をもちいていて、射手座の西半分を箕宿(きしゅく)、東半分を斗宿(としゅく)としていました。

箕はモミをふるう「み」の事で、矢の下の四つの星の四角形を箕としたようです。

中国ではここを風伯(風の神)のいる所とし、畢宿(ひっしゅく、牡牛座のヒヤデス星団)を雨師(雨の神)のいる所としました。

詩経に「月 箕にかかれば風砂をあぐ。」などとあるように、軍師たちは箕宿に月がかかると風の前兆と見たり、また、この星宿に風を祈って敵軍を悩ませたそうです。

斗宿には六つの星があり、形が北斗七星を小さくして伏せたヒシャクと見た事から、これを南斗六星と呼びました。

北斗七星同様、南斗六星は黄道上にあり、太陽や月、そして他の惑星の通り道であることから、重んじられ、中国では北斗七星は死を、南斗六星は寿命を司るともされたそうです。


「碁をかこむ仙人。」

南陽のある村に趙顔(ちょうがん)という男の子がありました。

五月のある日、麦畑で働いていると、どこからか馬に乗って来た男が、趙顔を見つけて立ち止まり、「かわいそうに、二十歳までは生きられまい。」とつぶやいて走って行きました。

おどろいた趙顔は、この事を父に知らせると、父は趙顔を連れて、その男を追いかけて行きました。

その男は管輅(かんろ)という魏の国の男で、天文や人相をみる名人でした。

父は趙顔の命が延びる方法を教えてくださいと懇願しました。

管輅は、最初は、そのような事は人の力の及ばぬ事と聞いてくれませんでしたが、父の頼みに心が動かされたのか、「では、卯の日にもう一度来るから、上等の酒一樽と、鹿の干し肉を用意しておくがよい。」と言って去って行きました。

約束の日、管輅はやってくると、趙顔に言いました。

「お前はこの干し肉と酒をもって、麦畑の南の端にある桑の大木のところへ行きなさい。

そこには二人の仙人が碁を撃っていようから、側から酒と肉をすすめなさい。二人が気がついて何を言おうとも、決して口を聞かず、ただ、頭を下げ続けなさい。」

趙顔は、言われた通り、干し肉と酒を持って麦畑にいくと、二人の仙人が桑の木の木陰で二人の仙人が夢中になって碁を打っていました。

趙顔は、黙って酒をついではすすめ、鹿の肉をすすめました。

二人は石を打つ手があくと、酒を取り、肉を口に運びました。


そして一局が終わると、北側の仙人が初めて趙顔に気がつき、「なぜ、こんな所にいるのか?」と叱りました。

趙顔は驚いてただ手を合わせて頭をぺこぺこ下げ続けました。

南側の仙人は北側の仙人をなだめて、「仕方ない、ただで飲み食いしたのだから、なんとかしてやらねばなるまい。」と言いました。

「しかし、この子の寿命は生まれた時に決まっておる。」

「まぁ、まぁ、寿命帳で調べてみよう。」

南の仙人が寿命帳を調べてみると趙顔は十九才となっていました。

仙人は筆を取ると、描いてある十九の文字を、くるっとまわして九十としてしまいました。

「さぁ、これで、お前は九十まで生きるぞ。」


趙顔は頭を下げると、大喜びで家に帰りました。

そして、待っていた管輅にその話をすると、「北側の仙人は北斗七星で、南側の仙人は南斗六星じゃ。

北斗は死を司り、南斗は生を司る。人が母に宿るのは北斗と南斗が相談して決まるのじゃ。」と言いました。

管輅はそう言うと、趙顔の父が絹布とお金を差し出しましたが、受け取らずに立ち去ったそうです。


  「碁をかこむ仙人。」


このお話、けっこう有名で、朝鮮半島にもあるそうです。


 
 
Google
Web pleasuremind.jp