アンドロメダ座の伝説。

ペルセウスは、メデューサの首を持って帰る途中、鎖に繋がれているアンドロメダを発見しこれを助けるのですが、これに先立つお話です。

アンドロメダは、エティオピア王ケフェウスと王妃カシオペアの娘でしたが、カシオペアは我が娘アンドロメダ王女の美しさを誇り、海に住むネーレウスとドーリアの五十人の娘ネーレーイス達より美しいと言ってしまいました。

ネーレーイス達はそれを怒り、ポセイドンに訴えたため、ポセイドンはエティオピアに怪物を送り王国を荒らしました。

ケフェウス王は怪物の来襲に困り、エジプトの神アムモーンに神託を乞いました。

その神託は、娘アンドロメダを怪物の人身御供とせよと言うもので、王と王妃は泣く泣く海岸の岩にアンドロメダを鎖でつなぎました。

そこに、ペルセウスが通りかかったのです。

ペルセウスはこの時、翼のあるサンダルで飛行中であったとするものと、メデューサの血から生まれたとする羽根のある馬ペガサスに乗っていたとするものがあります。

アンドロメダの上の空は、黒い雲で覆われ、突然雷が鳴り響き、ペルセウスは空をから降り立とうとしました。

そこで鎖につながれているアンドロメダを見つけたのです。

ペルセウスは空から降りると、アンドロメダの鎖を解きました。

その時、海の中からたくさんの怪物が、アンドロメダに向かって襲いかかって来たのでした。

ペルセウスは、アンドロメダに目をつむるよう言うと、キビシスの袋から、メデューサの首を魔物たちの前に差し出しました。

するとたちまち怪物たちは、石となってしまったのです。

怪物を退治したペルセウスは、アンドロメダを連れて、ケフェウス王とカシオペア王妃のもとへ行きました。

そして、アンドロメダを妻にと求めました。王は喜んでペルセウスを迎え、婚礼の日となったのです。

婚礼の日、アンドロメダの婚約者でケフェウス王の弟、ピーネウスが仲間とともにペルセウスを襲って来ました。

ペルセウスは、再び、キビシスの袋からメデューサの首を出し、叔父たちを石に変えてこれを避けたのでした。

ペルセウスはアンドロメダとしばらくこの地で暮らし、ペルセースという子供をもうけ、ケフェウス王のもとに残し、アンドロメダとともに、母の待つセリーポス島へ、旅立ったのでした。


アンドロメダ座はペルセウス座の上にあり、ペガサス座、アンドロメダ座、カシオペア座、ケフェウス座と、ペルセウスの神話に登場する人物が星座となって空にあります。

まず、ペガサス座から。

ペガサス座は、二等星と三等星が四方形を描いて出きている星座で、一つはアンドロメダ座のアルファとなっています。

羽根のはえた馬、ペガサスは古くバビロニアの時代には彫刻にあるそうで、ギリシャへはこれが伝わったものと考えられています。

中国では、この方形の二辺を分けて、宝宿と壁宿としています。

次のアンドロメダ座は、大方形の一つがアルファとなっており、膝を折って鎖につながれている姿のアンドロメダの顔の部分にあたります。

中国ではこれを奎宿としています。

奎は豚の事で輪郭が豚の形になっているからだそうで、そのため奎宿の精は、体が人間、体が豚で、西遊記に出て来る緒八戒なんだそうです。


三つ目は、カシオペア座です。

カシオペア座は二等星三等星の五つの星がW型M型を描く星座で、北極星を挟んで北斗七星とほぼ等距離にあります。

北斗七星が低い位置にある冬の季節には、変わって高く北に昇り、北極星を示し、また時刻を教えるため、航海に利用された星座です。

アラビア人はこれを、うずくまった「駱駝」とし、ギリシャではラコニアという地方で使う「ラコニアのカギ」と言っていたそうです。


最後に、ケフェウス座です。

この星座は三等以下の星が五つ、家の形を描く星座です。

エチオピアの王という事で、古くはエチオピアの王の姿として描かれていたそうです。


ペルセウス座、アンドロメダ座、カシオペア座、ケフェウス座の四つを「エチオピア王家の四星座」と呼んでいます。


さて、ペルセウスはアンドロメダと共にセリーポス島へ帰りました。

セリーポス島では、母ダナエーと育ててくれたディクティスが、ポリュデクレース王の暴行から逃れいなくなっていました。

ペルセウスは祭壇の下に隠れている二人を見つけると、王のもとへ行き、そこに集まっている者たちのまえへメデューサの首を差し出し、石に変えてしまいました。

こうして母達の危難を救ったペルセウスは、ディクティスをセリーポス島の王とし、治めたのでした。

ペルセウスは、空飛ぶサンダルとキビシスの袋、見えなくなる帽子をヘルメスを通して返し、メデューサの首を女神アテナに捧げました。女神はこれを自分の楯の中央につけたのです。

その後、ペルセウスは、妻と母を連れて、自分を恐れて母とともに海に流したアクリシオス王に会いにアルゴスへと帰りました。

しかし、「娘から生まれた子供に殺される」という神託をおそれた王は、アルゴスから、テッサリアのペラスギオーティスへ去りました。

仕方なくペルセウスはアルゴスを治める事となったのです。

その後、ラーリッサ王テウタミデースが亡き父のための葬礼競技に参加したペルセウスは、五種競技の間にある円盤を投げました。

その円盤は競技を見物に来たアクリシオスの足に当たり、神託通り彼を殺してしまいました。

ペルセウスは自らが殺した者の領地を受けつぐ事も出来ず、ペルセウスの従兄弟で、プロイトスの子メガペンテースの領有するティーリンスとアルゴスを交換し、ティーリンスを治める事となりました。

なお、ケフェウス王のもとに残して来た、ペルセウスとアンドロメダの長男ペルセースは、ペルシャ人の祖となったとされています。

  「アンドロメダ座の伝説。」


 
 
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